第5話 ─子供─ 紙芝居屋
テレビ局へ行った翌朝。布団をめくろうと腕を伸ばしたらビクッと鈍い痛みが走った。
膝を立てて起きようとすると体全体が重くて痛い。
恐らく普段あんまり動かないのにいきなり走ったり、階段を駆け上がったりと色々慣れないことしたから筋肉痛になったんだ……と理解した。
それにしても中学時代の体育の授業以来、久し振りになった筋肉痛はかなりキツク感じる。
いたたぁ……
やっぱり歳かなぁ、ちょっと首を動かすのも一苦労だわ。
トイレに行こうと部屋の壁に手をつき、首を傾けたままどうにか立ち上がる。
ゆっくりすり足で進もうとしたら、下の座卓に置いておいたペンダントが目に入った。
あぁっ、そっか、このペンダントで若返れば筋肉痛ちょっとはマシになるかも。
根拠はとくに無いけど、遠条さんが若返りに使っていたこのペンダントを使えば、外見だけじゃなく内側の細胞とかも若くなって治りが早くなるんじゃないかと思った。
ママがパートに出掛けた後、早速試してみることにした。
首にまずペンダントを提げ、指輪と同じように結晶の部分にスイッチ的なものがあるか探す。
とりあえず尖った氷みたいな所をひとつずつ押してみたけど何も容姿は変化しない。
どーなってんだろ、遠条さんと同じように提げてるのに。
やっぱり悪魔の力が無いと発動しないとか?
テレビに目を向けると、画面の中央で貧乏ゆすりのように揺れてるデヴィーの後ろ姿が見える。
ママが部屋に来るとき以外、ずーっとどこかに悪魔が潜んでないかワイドショーやバラエティー、ドラマや映画などテレビ番組を朝から晩まで逐一チェックしている。
だから声を掛けると怒られそうで、デヴィーから何か言われるまでそっとしていた。
だけど、これじゃペンダントの使い方が分からないし恐る恐る訊いてみた。
「あ、あのさデヴィー。こ、これなんだけど……どう、使うのかな……?」
ペンダントを見えるように傾けた。
でもデヴィーは聞いていないのか背中を向けたまま。
「やっぱり、悪魔がいないと使えないよね……」
仕方なくペンダントを首から外そうとしたら、デヴィーが頭だけ振り返った。
「アノ女ニ憑イテイタ悪魔ロウェーハペンダントヲダシニ人間ヲ操ッテタダケダ。フッ」
デヴィーは鼻で笑うとまた番組を観始めた。
ん? だしに使ってた……それって、このペンダント自体に若返りの力があるってこと?
じゃあ、あの時、指輪から光線が出たときみたいに心で念じれば発動したりして。
物は何でも試しようだと思い、胸元のペンダントに手をあてて目を閉じた。
んんんっ!! 18……いや、15うーん……10、8、うん!!
6才になれぇーーーっ!!
何となく十代だった頃の自分より、6歳ぐらいの時のほうが活発だった気がしてそんな深く考えずに念じた。
徐々にまぶたを開けると、ペンダントの結晶が万華鏡のようにまばゆく光り出していて、あっという間に目線が低くなっていく。
座っていつも正面に見えてるテレビが今は立ってやっと同じぐらいの高さだ。
「……で、できたー!!」
喜びのあまり声が出ると声まで甲高く幼い子供のよう。
鏡を手に取ると、本当に顔や体も小さくまだそこまで太っていなかった6歳頃のわたしそのものだった。
しかも、洋服まで当時お気に入りで着ていたアニメキャラが刺繍されたピンクのトレーナーと紺のズボンで、踏むと光る子供用の靴まで履いている。
ひぇぇ、もしかしたらイメージしたまんまの姿になれるのかも……
ペンダントの凄まじい力に少し怖さも感じた。
でも、筋肉痛はたしかに思った通りやわらいだけど、せっかく子供になっても何もやることがない。
ベッドにもたれ天井を見上げる。
横を向くとカーテンのすき間から日差しが漏れていた。
いい天気……
この姿じゃそんなに恥ずかしくないし、ちょっと出てみようかな。
子供の外見をからかう人は比較的そんなにいないだろうと、珍しく外出する気分になった。
ドアの前に行き、一応デヴィーに「じゃあねー」と伝えて部屋を出た。
玄関の扉を力いっぱいに開けると、眩しい日に照らされ、当たり前のように外出していた昔の感覚や光景が蘇ってきた。
わぁ、家の正面にあるアパートの壁に、雑草が所々生えて汚れたアスファルト。
下から見た家ってこんな風だった⋯⋯
門の扉も前は真っ黒だったのに塗装が剥がれて赤くなってる。
門を開け、周りの風景を目にしながら一歩ずつ歩く。
そんな変化していない場所も多少はあるものの、通学路にあった工場が無くなってたり、道に連なってたイチョウの木が全部伐採されていたりと、十年以上の歳月が過ぎた事を実感させられる場所もあった。
ふらふら歩きながら気付くと、子供の頃よくひとりで遊んだ、古びた遊具や雑草が沢山生える寂れた公園に辿り着いていた。
公園の中へ進むと座る部分の外れたブランコが目に入る。
懐かしい、このブランコわたし乗ってたなぁ。
誰にも乗ってもらえず、ボロボロになって放置されてるところが少し自分と重なった。
ブランコを擦ってると子供の騒ぎ声と走る音が聞こえてきた。
『わーーーーっ!!』
やっ、こ、子供!? どっか隠れないと。
前に小さい子供に何度かからわれたことがあり、ちょっとしたトラウマがある。
後ろの茂みの中へ逃げようとすると、5、6歳ぐらいの子供たちが走ってきた。
「だれー?」
覗き込もうとする女の子をかわそうと、公園の外に出ようと逆方向に走ったが、子供たちはとても足が速く逃げ道を塞がれる。
はぁ、はぁ⋯⋯いくら、同じぐらいの年齢とはいえ、この体力はわたしには変わりないみたいね。
地面にしゃがみ込んで息を切らしてると、半袖半ズボンでいがぐり頭のやんちゃそうな男の子に腕を捕まれた。
他の子供たちの所へ連れて行かれると、さっき覗きこんできた女の子がわざわざ自分と子供たちを紹介してくれた。
「あたしはアオイ。この坊主の子がカズマで、こっちのふたりがユナとケント」
アオイはお姉さんのように、同い年ぐらいのカズマと3、4歳ぐらいのユナとケントをしっかりまとめている。
イヤァ、こういうの苦手なんだよね⋯⋯
ふぅ、でもこんな小っちゃい子がわざわざ名乗ってくれてるし……
「わ、わたしは⋯⋯あ、ありさ⋯⋯」
顔が熱くなるのを感じながら自己紹介するとみんな笑顔になった。
「ありさちゃんよろしくね」「ありさちゃんいっしょにあそぼう」「ありさちゃん」
下の名前でこんな風に呼ばれたのが初めてでどう返していいのか分からなかった。
だけど、なんか普通に友達になれたみたいで凄く嬉しかった。
するとポンポンと肩を叩かれた。
「ありさちゃんもかみしばいみにきたんでしょ!」
カズマがニコニコしながらそう言った。
紙芝居?
今どきっていうか、こんな荒れ放題の公園にそんな古風なものが?
疑問に思ってるとカズマが「ほら、きたよ!」とはしゃぎ後ろに走っていった。
振り向くと、黒の自転車を引きずる小太りのオジサンが歩いてきていた。
他の子供たちも嬉しそうにオジサンの前に集まる。
オジサンはくすんだ緑のジャンパーを羽織い、グレーのキャップを目深に被っており、顔がよく見えない。
オジサンは、自転車の後ろに乗せた茶色の四角い台を慣れた手つきで組み立てると紙芝居の準備をする。
そして、紙をめくるとしゃがれ声で読み始めた。
『⋯⋯むかしむかし、あるところに小さい女の子がいました。女の子は──』
子供たちはさっきまで騒いでたのが嘘のように大人しくなり、夢中で話の世界に入り込んでいる。
『ねぇ、なんでおばあちゃんのお口はそんなに大きいの?』
『ウフフ、ソレハ、ネェ⋯⋯』
見てるうちに、わたしもオジサンの熱のこもった演技に気を取られた。
『オマエヲヨク食エルヨウニダヨーーーッ!!』
「きゃーーー!!」
子供たちと一緒に悲鳴を上げた。
オジサンは話を読み終えると、特にリアクションもなくすぐに紙芝居を片付けだす。
もう終わりか、あっという間だなぁ、なんて思っていたら、オジサンはわたしたちの頭の上で何かを数えるような仕草をする。
「えぁぁ⋯⋯今回はぁ、キミとぉ、キミぃ。それとぉぉ⋯⋯キミだぁぁっ」
アオイとカズマに指を差していくと、キャップの下から覗くオジサンの目と目が合い、わたしが指名された。
えっ、何!? 何に選ばれたの!?
お菓子かオモチャでもくれるのかなぁ、なんてのんきに予想してると、選ばれなかったユナとケントを置いて、アオイとカズマは当然のように自転車を引きずるオジサンの後をついて行く。
「え、ちょっ⋯⋯二人はついて行かなくていいの?」
慌ててそう話し掛けるとユナとケントはずいぶんと落ち着いていた。
「オジちゃんにキミ! ていわれないとついていっちゃダメなんだよ」
「そう! それでね。おはなしのせかいにいけんの。まえはねー、レイカちゃんとーハルトとー」
話してるユナをケントが手を引っ張り、来た方向へ帰っていった。
お話の世界って……
なんか、いかにもヤバそうな予感。
アオイとカズマが犯罪にでも巻き込まれたんじゃないかって不安がよぎり、2人が消えていった公園裏の雑木林の方へ急いで向かった。
雑木林の中へ入ると、昼間とは思えないほど暗く静まり返っていて底知れぬ不気味さを感じる。
とにかく真っ直ぐ走り、やっと通り抜けるとうっそうとした森の中に、ポツンと今にも倒壊しそうな青い屋根のプレハブ小屋があった。
玄関の横にはオジサンが引きずっていた黒の自転車が止めてある。
こんな場所が公園の裏にあったなんて。
昔遊んでた時には気付かなかった。
オジサンが住んでると思われる家の敷地へ警戒しながら近付く。
玄関隣の窓を見ようと、庭に忍び寄ると何かを踏んだような違和感がした。
足をどけると庭のあちこちがボコボコ盛り上がっていて、しゃがんで表面の土を指で払ってみると土の中に白い石らしき物体が埋まっていた。
気になって掘り出そうとしたら、頭上から「ガラガラガラ」と窓を開ける音が響いた。
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