第4話 ─年齢─ ペンダント

 手から吸収してるあの白いモヤが一体何なのか、ここからはよく分からないけど、ヤバい事が行われてるっていうのは本能で感じた。


 このままじゃあのロウェーとかいう悪魔に、遠条さんの魂が取られちゃうかも。


 持っているスケッチブックをロウェーめがけて投げる。

 思いっ切り力を込めたつもりだったけど、呆気なく手前で開き、パタンと音を立てて落ちた。

 ロウェーは振り返り、こちらに気付くと10mぐらい上空まで一気に浮上し姿を消した。


 どこ……

 あ、そうだ、あれ渡さないと。


 スケッチブックを拾い、遠条さんのもとへ小走りで近寄る。

 勇気を振り絞って話し掛けた。


「あ、あのぉ、こ、これ⋯⋯」

 

 震える手でスケッチブックを差し出すと、遠条さんはあっ、と何かを思い出したような表情を浮かべた。


「あなた。さっきの清掃の」


 ……や、やっぱり、そう思われてたんだ。


「ち、違います……そ、掃除のオバサンじゃないです⋯⋯」

 

 スカーフを外してきちんと誤解を解いた。

 遠条さんは少し不審な面持ちで目の前に出されたスケッチブックを受け取る。

 中に目を通すと、悪魔の事に触れた箇所を見たのか視線がそこで止まった。


「そう……知ってるの」


 力の無い声でそう呟いた。

 遠条さんは奥にある組み立て途中のセットを見つめる。


「あれは……たしか五十後半の頃。当時今も任されてる『ヴィーナス・モーニング』が年が重なるに連れ、視聴率がふるわなくなっていたの。若い二十代のほうがいいんじゃないかって、プロデューサーに降板を言い渡されたりなんかもしてね……」


 えぇ、遠条さんクビにされそうだったの。


「でも、そんな晩のことだった。自暴自棄になって夜の繁華街で酔い潰れていたら、目の前のゴミの山にキラッと光るものが見えたの」

 

 遠条さんは胸元からペンダントを取り出した。

 銀の鎖で繋がった先にある小さな結晶は、まるで夕焼けのような暖かなオレンジ色の光を放ってる。


「わぁ、キレイ……こんなキレイな物が悪魔のペンダントだなんて」


 あまりのペンダントの美しさについ普通に喋ってしまうと遠条さんは微笑んだ。


「ふふ、そうね。でもこれを手に取った瞬間、ロウェーと出逢い若返りを授けてもらったの。不思議と恐怖心は無かったわ。きっと若くなった嬉しさの方が上だったのね。それで、その後は瞬く間に視聴率、人気が急上昇して今の地位を築けた⋯⋯自信がついたのもあったと思う」


 首の後ろに手を回して鎖の留め具に触れる。


「えっ、せ、せっかくここまで上り詰めたのにいいんですか……」


 奪いに来たのに、何故かペンダントを外そうとする遠条さんを止めた。


「いいのよ。実は最近、疲れが日増しに酷くなっているし、それにどこか視聴者を騙してるようでね⋯⋯本当は止めてくれるのを待っていたのかも」

 

 外したペンダントを遠条さんがわたしに手渡そうとした、その時。

 上空にロウェーが姿を現した。


「キサマァ……余計ナ真似ヲ。モット老イボレサセテカラ地獄ヘ連レテ行コウト思ッテイタ計画ガ⋯⋯ソレナラ二人共々連レテ行ッテイテヤルーー!!」


 ロウェーは野太い声を轟かせると、白く大きな翼をバンッと広げ強烈な風を巻き起こした。


「きゃーー!!」


 隣で遠条さんが吹き飛ばされそうになる中、びくともしないで突っ立っているとデヴィーの言葉を思い出した。


 そういえば、この指輪で攻撃できるとか言ってたっけ?


 指輪をはめた人差し指をロウェーに向かって振ってみる。


「シュッ⋯⋯シュッ、ビシューンッ」


 何やら指先から噴射音がすると一筋の白い光線が放たれた。

 見上げるとロウェーの右側の翼に大きな穴が空いていた。


「ギアーーッ!!」


 ロウェーは叫び声を上げると地べたに落下した。


 えぇ、今のこの指輪がやったの?


 どんな仕組みで光線が出たのか指をよーく見てると、後ろから遠条さんの声がする。


「今のうちにあっちへ逃げましょう」


 遠条さんに引っ張られるように奥にあるセットへ走る。

 後ろを振り返ると地面に伏せているロウェーが脈を打つように動き出していて、慌ててセットの一部らしき階段を駆けのぼった。


「はぁ、はぁ⋯⋯」


 息が上がりながら、やっとの思いで三十段ぐらいある階段の上まで辿り着いた。

 だけどこれ以上先が作られていなかった。  


 ちょっと、ウソでしょ……


 後ろを見ると、ロウェーはすでに這いつくばりながら階段を上っている。


「もうやめてロウェー!」


 遠条さんが必死に呼びかけるもロウェーは動きを止めない。

 

 もう一度、この指輪で。


 迫ってくるロウェーを見下ろしさっきと同じように指を振ってみる。


「えい、えい、えーいっ……」


 掛け声もまじえて振ってみたけど、指先からは光線どころか何の音すらしない。


 な、なんで、さっきは出来たのに!?


 遠条さんが心配そうにわたしを見ていて、ロウェーはその間にもどんどん近付いてきてる。

 何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃ……それだけが頭の中を駆け巡った。


 足が勝手に小刻みに震え出してくる。

 近くの手すりに掴まり、ひとまず落ち着こうと息を整えようとしたら「ピキーン」と金属の弾ける音がした。

 

 え⋯⋯?

 

 体の支えにしていた手すりがスルッと前方へ傾いた。

 急いでのけ反ろうとしたが、相撲取り並みに膨れた重量級の肉体には逆らえず、気付いたときにはロウェーのもとへダルマのように転がり落ちていた。


「ドーーーーーーーンッ!!」


 凄い地響きが全身に伝わる。

 頭がクラクラしながら起き上がると下から苦しそうな叫び声がした。


「ギアーーーーーーッ!!」


 いつの間にかロウェーの背中の上に乗っかっていたようだ。

 ロウェーはバンッと頭を地面に伏すと体が透けていき黒い煙に変化した。

 そして、その煙は空中に漂い指輪の宝石へ吸収されていった。


 指輪の中に……ってことはロウェーを倒せたんだ。


 何だかんだで悪魔を封印できたのは良かったけど、久し振りというか、人生で初めてってぐらいあんな動いた反動でどっと疲れが出た。

 放心状態で座っていると、入り口付近にスッと人影が横目に見えた気がした。


 誰?

 ヤダ、まさかテレビ局の人?


 床に両手を着いて、腰を上げようとしてると遠条さんが階段を下りてきた。


「大丈夫!?」


 遠条さんに肩を支えられ立ち上がる。


「あ、ありがとうございます⋯⋯」


 顔を向けると、若々しかった遠条さんの外見は年相応の上品なお婆さんに姿が変わっていた。

 思わず言葉を失うと遠条さんはわたしの手の中にぎゅっとペンダントを握らせる。


「でも⋯⋯」

 

「いいのよ、受け取って」


 遠条さんはニッコリ微笑む。

 その言葉とその笑顔に安心してペンダントを受け取った。

 自分の首に掛け、ふと遠条さんの腕時計に目がとまると針が16時をさしていた。


 それはママのパートが終わる時間。

 普段、全く外出してないのに突然わたしが部屋から消えてたら絶対変に思われる……と別に悪い事をしたわけでもないのに何故か焦燥感に駆られた。


「じゃ、も、あれなんでー」


 遠条さんに別れを告げ、足早に入り口のエレベーターへ乗った。

 その際すれ違いに出てきたテレビ局の人たちと鉢合わせになったけど、目を合わせないよう顔を俯かせどうにかやり過ごした。

 

 そして、目的の階に着くと一目散にたぶんデヴィーが待ってくれてる会議室へ走る。


 あと、もうちょっと。

 はやく帰って寝たい!


 自分の部屋に帰りたい一心で脇目も振らず突進してると、目前に迫った会議室のドアが不意に開いた。


「ドンッ!!」


 出てこようとしたであろうサラリーマン風の眼鏡を掛けた男性と目が合ったが、正面から衝突してしまった。


「いてて……」


 男性は尻もちをつき、床に落ちたメガネを拾おうとしている。


 まずい……

 他に人いないけど、この人にテレビを通るとこ見られたら変な噂とか立てられるかも?


「す、すいません⋯⋯」


 男性がメガネを掛け直してる隙にテレビの中へ頭から飛び込んだ。



「あっ、君!!」



 飛び込んだと同時に何か言われた気がするけど、すでにわたしの部屋に到着していた。


 はぁ、なんとか帰ってこれたぁ。


 ベッドに顔を沈めると後ろからデヴィーの声がする。


「フッ、ソノ様子ダト無事ニロウェーヲ倒シタヨウダナァ」 


 何の事かと首を傾げた。

 だけど言われてみれば、いつも顔回りに感じる脂肪の圧迫感が無いし何よりも体が重たくない。

 体に目を落とすと、出っ張ったお腹が引き締まっており、太もももまるで腕のように細くなっていた。

 手鏡で確認するとパッチリ大きな瞳に高い鼻、鏡に余白が出来るほどの小顔に変わっている。


 これは、昨日の指輪で変身した美女!!

 だからテレビをスルッと通り抜けられたのね、なるほど。

  

 キレイになった姿を鏡でじっくり観察してるとママの声が聞こえてきた。


「ちょっとー、買い物袋持ってー!!」


 鏡を置き、すぐに部屋から出ようとした。

 でもドアノブを掴んだ細い色白の手を見て、今は姿が別人に変わっているのを思い出す。


 ヤダ、どうやって戻すのこれ!?


 デヴィーに戻す方法を訊いてみると、隅の方で足を組んで何も喋らない。

 仕方なくどっかスイッチでもあるのか指輪を覗き込む。

 するとデヴィーが片方の指先で手の甲を細かく回すような仕草をしている。


 あっ、そっか、あの時デヴィー宝石の部分を回してたわ。


 宝石を左に回すとカチッと音がした。

 手を見るといつもの分厚い脂肪に包まれてるわたしの手だ。

 体も元の姿に戻ったのを確認して慌ただしく部屋を出た。

 でも階段を下りてる途中、もしかしたら指輪を外せば良かったのかも……とちょっと思った。

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