第3話 ─年齢─ 美魔女キャスター
『おはようございます。4月25日「ヴィーナス・モーニング」のお時間です──』
テレビから流れる爽やかなニュースキャスターの挨拶と「バンバンッ! バンバンッ!」と画面を叩き付ける騒がしい音で目が覚めた。
……うぅっ、うるさいなぁ、朝っぱらから。
まぶたを擦りながら布団をめくる。
テレビの方に首を傾けると、画面の中で黒くて小さい物体、悪魔が暴れていた。
「オキローーッ!!」
ハスキー声を張り上げながら飛び跳ねてる。
昨日の……
夢じゃなかったんだ。
たしか、名前は……えーっと、えー、デ、デ、デヴィー? だっけ⋯⋯
テレビの前に座る。
「なにをそんな暴れてんの。デヴィー」
訊ねると、デヴィーは動きが止まった。
「……デ、デヴィーダト?」
「うん。えっ、そうでしょ?」
「ム、ム、ムゥ⋯⋯マァイイ面倒ナ奴ダ。ソンナコトヨリコノ女ノ所ヘ今スグ行ッテコイ!」
真っ黒な枝みたいな指がさしていたのは、数十年メイン番組を任されてるのにもかかわらず、若さと美貌が一向に衰えないことで有名な美魔女のベテランキャスターの女性だった。
この人。今日はちょっと昨日の晩色々あって寝過ごしちゃったけど、わたしが平日の朝決まって観てるワイドショーの司会遠条さんじゃん。
笑顔で番組進行している遠条さんをデヴィーが睨む。
「コノ女。悪魔ノチカラデ若返リヲ手二入レテイル」
「わ、わかがえり? なにそれ、悪魔ってそんな事もできるの?」
デヴィーは腕を組んで少し自慢気に頷いた。
えぇ、こんな有名人が悪魔と手を組んでるっていうの……
って、あれ? さっき聞き間違えたかな、まさかわたしにテレビ局行けってことじゃないよねぇ?
「あぁ、あのさぁ、ちょっと確かめとくけど、まさかテレビ局に行けって……」
言いかけてる途中でデヴィーが遮る。
「イイカラハヤクコノ女ノ所ニ行ッテコイ!!」
遠条さんの顔の前でまた飛び跳ね始めた。
……い、いやー、むり、むり、むりーっ!!
タダでさえ何年も外出てないのに、いきなり人がうじゃうじゃいるテレビ局なんて絶対無理だと思った。
その上、テレビ局への道のりも電車の乗り換えもよく分からないし、精神的にも現実的にもわたしにとってはかなりハードルは高い。
デヴィーはそんな弱腰な心を見抜いたようにニタニタニヤつく。
「ソレジャ指輪ヲ戻スノハ諦メルカ。ククッ」
「そ、それは⋯⋯」
自分だって永久にテレビの中に閉じ込められるかもしれないのに、まるでこっちだけがキレイになる為なら何でもする強欲な奴みたいな感じで腹が立った。
だけど、指輪の力を取り戻すには嫌でも行動に移すしかないし、ここは大人しく従うことにした。
「行くよ⋯⋯」
デヴィーは片側の口角を上げ目をギラらつかせる。
それにしても、本当に遠条さんが若返りしてるのか気になって座卓の上のスマホを手に取った。
過去の経歴や画像を検索すると、ほとんどここ30年容姿が変化していないように見える。昨日撮ったと言われても驚かないレベルだ。
っていうか、今年で80歳!? いくら美魔女だからってこれは……シワ、シミひとつ無いし、どうみても20代か30代ぐらいに。
昔と最新の画像を見比べてると、ドアの向こうから音がしてきた。たぶん階段を上るママの足音だ。
「ガチャッ」
ドアが開くと、デヴィーは目にも止まらぬ速さで画面から姿を消した。
「ありさー。昨日の夜中、すっごい騒がしくなかったー?」
言葉が出ず、あからさまに動揺した。
でもどうにか取り繕らうと話を反らす。
「ゆ、夢でもみたんじゃない? ははは、そ、それより、な、なんか用事?」
「えっ、あ、そうそう。今日はやく出なきゃいけないからお昼自分でチンして食べてね」
「あー、う、うん。わかった、じゃあね」
ママは週5日のスーパーのパートに出掛けた。窓から自転車で走っていくのを見送る。
……わたしも早くなんとかしないとなぁ。
座卓の所へ戻ると、テレビの画面が真っ暗になっていた。しかも覗き込むと水面の波紋のように揺れている。
なにこれ、どーなってるの?
不思議な波紋に目を奪われてると、デヴィーの声がどこからか聞こえてくる。
「コノ波紋ハアノ女ノ近クへ通ジテイル。ハヤク行ケ」
デヴィーに急かせれるまま画面に入ろうとした瞬間。顔を隠すのにスカーフを巻こうと思い付いた。タンスの引き出しを開け、淡いピンクの花柄スカーフを引っ張り出す。
「はぁー、お待たせー」
「クッ、ソンナンデ時間トルナーッ!」
怒鳴るデヴィーをよそに顔の周りにスカーフをターバンのように巻く。
本当にテレビの中なんて通れるのかちょっと疑問だったけど、とりあえずテレビに頭を向けた。
画面にぶつからないよう、ゆっくり近付けていくと、みるみる中へ入っていった。
首まで通り抜け、最初に目に飛び込んできたのはグレーのカーペットが敷かれた床。
首を上げると、長いテーブルの周りに幾つもの椅子があって、奥の窓の外には沢山のビルがそびえ立っている。
本当に違う場所に来ちゃった……
ひとまず下へおりようと腕を伸ばす。お腹から下の体も抜こうとしたらお尻がつっかえた。
はっ、はまった……!?
フッ!! はぁ、ダメだ。どんなに力んでも抜けない⋯⋯
テレビから上半身が出た状態で力尽きてるとデヴィーの声がした。
「太リ過ギダ!!」
怒鳴り声が後ろから響くと思いっきりキックされ、頭から落ちた。
いたたたぁ。もう少し丁寧に⋯⋯
強引だったけどどうにか全身通り抜けられた。
額から流れ出る汗をスカーフで拭いながら室内を見回すと、近くのホワイトボードに番組名が書かれてあり遠条さんの名前もある。
ふーん、こんなのがあるってことは、ここで会議とかしてんのかも。
うーん……んっ!? これは──
ホワイトボードの隣に目をやると『皆さんご自由に』と手書きで書かれたパネルの下に、沢山のビスケットやクッキー、マドレーヌが並べられていた。
はぁ、今日朝からなんにも食べてないで来ちゃったし、お腹空いたな⋯⋯
あんまり効果は出てないけど一応ダイエット真っ最中でお菓子を貰おうか迷った。
すると突然隣のドアが開いた。
「あっ」
入ってきたのは紺のスーツを着た女性で少し驚いた様子。
わたしは不意に顔を見られ、恥ずかしくて逃げようとしたが、逃げ道も無く後ろを向くことしか出来ない。
「あの⋯⋯」
女性が話し掛けてきた。
何年ぶりかに、間近で他人の声を聞いて体は硬直した。全身が熱くなってきて大量の汗が吹き出てくる。
「⋯⋯あ、あのぉ」
ひぇぇ、早く行ってくれ……
「清掃の方? ですよね。一生懸命して下さったみたいで。宜しかったら、そこのお菓子召し上がって下さい」
女性は滑舌の良い話し方でお菓子を勧めるとドアを閉め去っていった。
ふぅ、緊張したぁ。
でも清掃のって何だろう?
見下ろして自分の格好を確認すると全身グレーのスウェットが汗でずぶ濡れだった。
もしかして、この格好とぐるぐる巻きのスカーフで、スッゴイ汗だくで仕事してる掃除のオバサンにみられたってこと⋯⋯
ちょっと複雑な気もしたけど、勧められたことだし、せっかくの好意に甘えて拳大ぐらいのマドレーヌを手に取った。
んー、おいしい! やっぱ空腹のときに食べるお菓子は格別ね!
マドレーヌを頬張りながらクッキーにも手を伸ばそうとしたら、さっきの女性の声とニュースを読み上げる遠条さんの声が全く同じだったことに気付いた。
あっ! さっきの人、遠条さんだ! 顔あんまり見えなかったから分かんなかったけど声が同じだし間違いない。
マドレーヌをゴクッと飲み込もうとすると後ろのテレビから声がした。
「アノペンダントダッ!!」
いきなりのデヴィーの大声でむせた。
「ゴホッ、ゴホッ、びっくりした! 急に大声で」
むせながら振り返るとテレビの中でデヴィーが立っていた。
「若返リノ源ハアノ女ガ首カラ提ゲテイルペンダントダナ」
「ゴホッ……えっ? ペンダント?」
部屋から出ていくときの遠条さんの姿を思い浮かべると、そういえばたしかに胸元にチラッと小さなオレンジ色の氷の結晶みたいな物が見えた気がする。
デヴィーが遠条さんが出ていったドアの方を見つめる。
「アノ女、若返リノチカラガ少シ薄レテキテイタナ。キット此処デ悪魔ヲ呼ビ出スツモリダッタンダロウ」
「え、呼び出すって、なんでこんなとこで?」
「フッ、アノペンダントハマダ完全デハ無イ。取リ憑イタ悪魔ニチカラヲ補充シテモラウコトデ、ヤット動イテイル状態ナノサ」
「へ、へぇ……そーいうこと……」
相づちを打ったけど実はあんまり理解できてない。
「ダガ、想定外ナオマエガ此処ニ居タコトデ場所ヲ仕方ナク変更シタンダ」
「わたしがいたから?」
「今頃場所ヲ探シテイルハズダ。早クペンダント奪ッテコイ!」
デヴィーはとっとと行け、と言わんばかりに顎をクイッと上げる。
つ、ついに⋯⋯悪魔を指輪に戻せるかだけでも不安なのに、ペンダントを奪うだなんて。
それに、奪われた後の遠条さんの事も引っ掛かった。
「⋯⋯う、奪っていいのかな? だって遠条さん。若返りの力が無くなったら老婆になっちゃうでしょ。そしたらもうテレビに⋯⋯」
心の声を漏らすと怒鳴られた。
「昨日宣言シタノハ嘘ダッタノカーッ!! 戦ッテ悪魔ヲ封ジナイト永遠ニ美ハ手ニ入ラナイゾ!!」
言い返す言葉が浮かばない。
黙ってるとデヴィーは声のトーンを落として、悪魔に取り憑かれた者の末路を語り始めた。
「アノ女ニ憑イテル悪魔ハ、ロウェート言ッテナ。今ハペンダントデ若返リノチカラヲ授ケテイルガ、コノ先代償トシテ元ヨリ老化サセルノダ。ソシテ、ソノ魂ヲ地獄ニ連レテ行ッテシマウンダゾ」
「え、じゃあその連れて行かれた魂は?」
「二度ト戻ッテハ来レナイ。他ノ悪魔モ同様ダ。悲惨ナ末路ヲ迎エル」
そんな、これじゃ若さどころか地獄に向かって一直線じゃん⋯⋯
ドアの前に近寄る。
「わたし行ってくるよ。ペンダント取りに!」
ドアノブに手をかけるとデヴィーが呼び止める。
「オイ、マサカシラミ潰シニコノ建物ノ中ヲ探スンジャナイダロウナァ?」
「だって、それしかなくない?」
デヴィーはやれやれって感じで首を振り目を閉じると、こめかみ辺りに指を突き立てた。
「ン……下ヘ向カッテルノガボンヤリ見エル。誰モイナイ暗イ場所⋯⋯ソウカ地下ダ」
地下? それならエレベーターで行けば迷わずに行けそう。
「じゃ今度こそ行ってくるね」
「ソノ指輪ハ悪魔ガ封印サレテイナクテモ攻撃出来ル。集中シテ撃テ!」
うん、と頷いてドアを開けた。
下を向いて廊下へ歩みだすと、大勢の人が入れ替わるように部屋に入っていく。
あぁ、危なかった。デヴィー大丈夫かな。
壁をつたいながら進むと前のエレベーターが開いた。人が全員出たのを見計らい中へ飛び込むとドアが閉まる。
数分すると誰も乗ってこないまま地下に着いた。
誰もいない。でも、遠条さん近くにいるかもしれないしどこか隠れてよ。
カメラなどの機材が置かれたセット裏に向かう。
壁にもたれると下にマジックとスケッチブックが転がっていた。
そうだ。説明苦手だからこれに書こう。
さーっと手早く『ペンダント今すぐ外して下さい。悪魔があなたの魂を持って行こうとしてます』と書いた。
ちょっと変か? ま、伝わればいいや。
マジックの蓋をはめてると、遠くから「カツ、カツ、カツ」とヒールの音が響いてきた。
セット裏の穴から覗くと歩いてくる遠条さんの姿が見える。
来た⋯⋯けど何からしよう?
出方を迷ってると、遠条さんが辺りを鋭い目で見回し胸元からペンダントを取り出した。
「⋯⋯いつものをお願い」
「アァ」
何者かの低い声がするとペンダントの結晶から黒い煙が放出された。
遠条さんを取り囲むように上へ昇っていくと煙の中から全身真っ白な者が現れた。
あ、あれが悪魔!?
鎖骨の辺りまで伸びた白髪に大きな帆のような翼、全身真っ白な骨と皮の裸体のその悪魔は遠条さんの頭に手をかざすと白いモヤを吸収しだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます