第14話 ─襲撃─ 警備員

「でさぁ、そいつー」「ハハハ」


 その騒がしい声の主たちは、どうやら洗面所にいるようで音を立てないよう扉を少しだけ開けてみた。


 洗面所自体はここからは見えないけどそこで立ってる人物は確認できる。

 鏡の前で会話していたのは、横顔や立ち姿から同じグループのメンバー睦とシオリとやよいだ。

 先輩でもあるその三人はメイクを直しながら会話している。


「で、あの日野とかいうで入ってきた奴。どーする?」


 ……コ、コネ?


 シオリが二人に訊ねると睦がドンッと台に両手をついた。


「決まってんでしょ! 孤立させて辞めさせてやるわ!」


 睦は鏡を睨み、その気迫から本気を窺わせる。


 なんで……まさか、わたしだけ天津さんにその場で合格もらったから?


「北山とかも入れる?」


「西水はなんでも聞きそうだけど、北山はどうかねー」


 シオリと睦が話してると、無言のやよいがファンデーションのフタを閉じた。 


「くだらない」


 真顔でそう呟くとやよいはひとりトイレから出る。

 こちらを振り返りそうになり、慌てて扉を閉めると睦とシオリも付いていくような足音がした。


 はぁ、まさかこんなタイミングで裏の顔を知るなんて。

 やよいさんは別に何にも言ってなかったけど、あの二人にはそう思われてたんだ。


 そんな事を考えてたら、ここでテレポートしようとしてたのに何をしてるのか扉を開けてしまった。

 個室から出てしまい、戻ろうとしたら洗面所の前に睦とシオリが立っていた。


 ヤバ……と心臓が止まりそうになったが、それは二人も同じなのか顔を引きつらせてる。


「⋯⋯あれ日野ちゃん、いたの!?」


「ハハハ、さ、さっきの話冗談だから冗談」


 睦がはぐらかすとシオリも苦い顔をして頷く。


「ははは……」


 わたしも心にもない笑顔でこの場をやり過ごそうとしてると、突然バンッと真ん中の個室が開いた。


「ナニが冗談だよッ」


 吐き捨てるように言いながら出てきたのは同期のひかるだ。

 ひかるは首を突き出して睦とシオリに近付く。


「アタシあんたらと組むつもりないから」


「はぁーっ!? 私たちだってあんたとなんか!」


 ひかると睦がお互い譲らず睨み合うと見かねたシオリが睦の背中を押す。


「まぁまぁ⋯⋯でも覚えときな!」


 何故かシオリはわたしに捨て台詞を残して去っていった。


「あ、ありがとう。コネじゃないって言いたかったんだけど言う勇気なくて……」


 ひかるは腕を頭の後ろに回しながら出口の方へ歩いていく。


「べつに気にしなくていーよ。アタシそこのトイレで寝ててうるさかっただけだから。それに、あんなのただのやっかみじゃん」


 軽い感じにそう言われたけど、その言葉にスゴくホッとした。


 そっか、そんな気にしなくてもいいのか。


 一人になったトイレでふと鏡の方へ目を移す。

 すると、周りは普通に映ってるのにわたしの顔や体だけがモザイクが掛かったように映っていた。


 何が起きてるのか、アゴを触れてみるとこの姿ならいつも感じる骨の感覚が薄く肉に埋もれてきている。

 他の部分もお腹や手足も少しずつ膨らんできていて服やズボンもパツパツ。


 原因は分からないけど、急いでトイレの個室へ飛び込んで、ブレスレットで自分の部屋へテレポートした。


 テレビの前に着くと元の姿に完全に戻っていて、床に崩れ落ちる。


 どうして……やっぱり、この壊れた指輪が完全じゃないから?

 もし、もうあの姿になれなかったら明日のレコーディング……


 指輪を握りしめてると、テレビにデパートの案内図みたいなものが映し出されていた。

 所々赤い星印がついていて、よく見ると見覚えのある通路や会議室、それに昼に行ってきたばかりのダンススタジオが模型のように浮かび上がってる。


「なんで、事務所の中が」


 前のめりにその図を眺めていたデヴィーが体を向ける。


「実ハナ。オマエガ今潜入シテイル芸能事務所ト前カラ度々悪魔ガ出没シテイルテレビ局明星テレビハドウヤラ繋ガリガアルヨウダ」


 好きで行ってる芸能活動をデヴィーがまさか潜入してると思ってたなんて、今初めて知ったが、それよりも事務所とテレビ局の関係の方が気になる。


「え、じゃあ、グループのオーディションを明星テレビが密着して放送してたのも関係してるの」


「ウム。表向キハ普通ノテレビ局ト芸能事務所ヲ装ッテルガ……タレント達ヲ悪魔ニ引キ込モウトデモシテイルノカ……ソレトモテレビノ電波ヲ使イ何カシヨウト企ンデイルノカ……ドチラニシロ両方裏ニ凶悪ナ者ガ居ル気配ヲ感ジル」


 こめかみに指をあて深刻そうに考えるデヴィーを見ていたら身震いしてきた。


 そういえばあの合格発表のとき、テレビ局で変な黒い影見たし、それがその凶悪な奴だったりして……


 その事を伝えようとしたら、突然図の中の星印がピコピコ点滅しだした。

 デヴィーが図を拡大させると星印が示していたのは事務所の地下駐車場だ。


「もしかしてその点滅してる印、悪魔が現れたとかじゃないよねぇ……」


 一応確かめるとデヴィーはコクッと頷く。


「当タリ前ダ。他ニ何ガアル」


 デヴィーは広い駐車場をさらに拡大し、ピンポイントで固定させると振り向いた。


「コノ場ニ現レル可能性ガアル……逃ゲラレル前ニ行ッテコイ!」


 デヴィーはきっと指輪から逃げ出した悪魔を見つけ出す為に、片っ端からそこら中の悪魔をわたしに封印させるつもりだ。

 鬼か! って思ったけど、少しでも悪魔の黒煙や指輪の破片を集めれば力を取り戻して、また美少女の姿に変われるかも? と明日のレコーディングに間に合う希望が見えてきた。


 まだ夕方だから居ない間にママが帰ってきたとしても施設を言い訳にできそうだ。


 画面に指し示された駐車場をイメージしながらブレスレットを擦り、部屋からテレポートした──



 目を開けるとひんやりとしたコンクリートの空気を肌で感じる。


 車はほぼ満杯に停められてるが人がいる気配はない。

 暗いまるで真夜中のような駐車場を一人で進み、柱や車と車の間を眺めてるとスッと誰かが横を通った気がした。

 振り返ると警備服を着た男性の後ろ姿が奥にある。


 いつの間に、全然分からなかった……


 警備員らしき人物が来た方へ目を移すとワゴン車の下に人の腕らしきものが見えた。


 走って近寄ると、十代後半ぐらいの若い女性が倒れていて顔が真っ青。

 助けを呼びに行こうとしたら女性の口元がかすかに動いた。


「あ⋯⋯あの、おとこ」


 消えてしまいそうな声でそう訴えられ、ピンと勘づいた。


 さっきの警備員だ!


 来た道を戻ると、警備員の男が首を回しながらエレベーターに向かっている。  


「待って!」


 声が駐車場内に響き渡ると警備員の足がピタッと止まる。

 だけど背中を向けたまま特にリアクションはない。


 この警備員の男がもし、星印が示してた悪魔だったら……


 指輪で攻撃できるよう、指を差しながら距離を徐々に縮めていくと警備員の体がビクッと動く。

 ブルブル横に揺れはじめ、頭の揺れが激しくなるとグルっと警備員の首が180度回った。


「ギャーーーーーーーーーーッ!!」

 

 思わず悲鳴をあげ後退りすると、警備員は背中側に顔が向いた状態で近付いてくる。

 顔面蒼白で「ウゥ⋯⋯」と低い呻き声とすり足から、悪魔というよりゾンビみたいだ。


 半開きだった目が突然カッと見開くと腰の辺りから警棒を取り出し、こちらめがけて振り落としてくる。


 テレビ局で倒してきた悪魔よりどこか人間っぽい感じがして、本当に倒していいのか躊躇う気持ちもあったけど、そうも言ってられない状況で仕方なく呪文を唱えた。


「アダマスルークス!」


 指から放たれた白い光線が放たれると警備員の顔面へ真っ直ぐに伸びる。

 額の中央に穴が貫通すると警棒が地面に落ち、警備員も倒れた。

 体から黒煙が現れ、いつものように指輪に吸収されたが、肉体が消滅しておらず口から黒いヘドロみたいな塊を吐き出している。


 これは……

 もしかしたら、デヴィーの予測してた人間を悪魔に変えるとかいうヤツだったりして。


 ともかくこの黒い塊をデヴィーの元へ持っててみることにした。

 ハンカチかティッシュがないか、ポケットの中に手を突っ込んでると、つい数秒前まで口元にあった黒い塊が消えている。


 辺りをキョロキョロ見回しても見当たらず、近くの車の下を覗き込んでいたら後ろから生ぬるい風が吹いてきた。


「オマエダッタカ……ヤハリ。指輪ヲ持ッテイタノハ」

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