第15話 ─襲撃─ 剣の使い手

 声からして恐らく男だと思われるが、ゾッとしてくる気配と指輪を知っていることから危険を感じた。


 隙を与えずに振り返って指を差す。

 すると、呪文を唱える前に凄いスピードで光る物体を幾つも投げつけられ、一瞬のうちに両手足を車のボンネットに打ち付けられた。

 袖に刺さっているのは持ち手の部分に金の蜘蛛が彫られた小型の剣だ。

 

 こんな絶妙に袖やズボンの裾を狙えるなんて、ただ者じゃない⋯⋯


 顔を正面へ向けると言葉を失った。

 そこにいたのはさっき車の横で倒れていたあの女性だ。

 しかも黒い塊まで手に浮かべている。


「さ、さっきの警備員に襲われたんじゃなかったの?」


 不適な笑みを浮かべると女性は肩に手をやる。

 背後から黒いマントを靡かせ、くるりと翻すと別人のように姿が変わった。

 銀の長髪を一つに縛った、浅黒い肌で彫りの深い中東を思わせる顔立ちの男で、下は白と上は細かい金の刺繍が施された紺のジャケットを羽織ってる。


 まるで貴族のようなその男は胸に手を添えた。


「名ハエル。先程ノ男ハ私ノ手下ニト魂ヲ奪ッテヤッタガツカエナカッタヨウダナ」


 淡々と語ると西洋風の大きな剣を構え、わたしの鼻ギリギリに突き立てる。


「大人シク指輪ヲ差シ出セバ私ノ手下ニシテヤッテモヨイ」


 深い闇のような瞳に吸い込まれそうな感覚がする。


 拒否したら確実にヤられる……

 だけど、いま指輪が無くなったら元の引きこもり生活に戻るだけ、だから渡すわけにはいかない。


 首を横に振るとエルは剣を下ろした。

 分かってくれたのか……と胸を撫で下ろしていたら、剣を勢いよく後ろに引き瞳が赤く染まる。


「死ネーーーッ!!」


 反射的にぎゅっと目を瞑ると「ビュンッ!」と太もも付近から何かが放たれるような音がした。

 コンクリートの地面に鉄製の物が落ちるような音が響く。


 目を開けると、エルは痛めているのか手を押さえていて剣を持ってない。

 

 下を向いてズボンを確かめるとポケットに穴が開いていた。

 そこにはスマホだけがしまってあり、もしかしたらその小さい画面に移動したデヴィーが守ってくれたのかもしれない。


「……デヴィー助けにきてくれたの」


 姿は見えないけどポケットから声がする。


「ソンナコトヨリハヤク指輪デ姿ヲ変エテテレポートシロ!」


 デヴィーに急かされ、指輪でいつもなっているアイドルのときの姿を念じると、黒煙を吸収したからか再び姿を変えられた。

 同時に洋服も変わり、刺さっていた剣が取れる。


 エルが剣を拾おうとしてるのを横目に、急いでブレスレットを擦って自分の部屋へテレポートした──




 いつも観ているテレビやベッドが目に入り、力が抜ける。

 

 よかった、姿が変えられて……

 あとほんの少しでも遅れてたらヤバかったかも。


 床に手をついてるとテレビからデヴィーの声がする。


「ドウヤラアノ様子カラスルト前カラオマエヲ狙ッテイタヨウダナ……」


「え、わたしが? さっきのエルとかいう奴に?」


「ウム。奴ハ剣術ガ得意デ変幻自在ニドンナ場所モ通リ抜ケ性別ヤ外見モ変エラレル⋯⋯厄介ナ奴ニ睨マレタモノダ」


 女性の姿でいたり剣を持ってたのはそういう理由だったのか、と納得してるとデヴィーの頭上にニュース速報が出た。


『速報、芸能事務所ヴィネーラプロダクションの地下駐車場で遺体を発見──』


 警備員がゾンビのような姿で襲ってきた光景が脳裏に浮かぶ。


 何の罪もない人をあんな風にしちゃうなんて、エルは正真正銘の悪魔なんだ……


 ドアの向こうから階段を上がってくる足音とママの声がする。


「ありさー帰ってるのー」


 慌てて姿を元に戻してドアを開けた。


「あはは、ちょっと疲れて寝ちゃってー」


 髪をくしゃくしゃに乱して、ママと晩ごはんを食べにリビングへ向かった。




 そして、翌日。昼に事務所でメンバー全員が集まってレコーディングが始まった。


 専用スタジオの中で席に座り、呼ばれるのを待つ。

 ブースの扉を見てじっとしてると、前の席にいる睦とシオリがヒソヒソ話してる。


「……ね、ニュース見た?」


「見た見た、駐車場のでしょ。びっくりだよねー」


 ニュースで報じられたから当然だけど、昨日の駐車場の出来事はみんな知っているようだ。


 その後年齢順に呼ばれ、ブースに出入りしていくと最後に「日野!」とわたしの名前が呼ばれた。


 中へ入るとレコーディング用のマイクやヘッドホンが置いてあり、隣のガラス窓の先に天津や他のスタッフたちがいる。

 緊張しながら頭にヘッドフォンを装着すると天津の声が耳に響く。


「じゃ、ひと通り歌ってみよーかー」


「……はいっ」


 イントロが流れだす。

 今できる最大限の歌をみせようと耳元のヘッドフォンを掴みながら声を振り絞った。


 天津から細かいリズムの強弱を指摘されたり、何度も歌い直しもされたが、自分なりに精一杯歌い、初めてのレコーディングは終わった。



 天津の待つ別室にメンバー全員が呼び出される。

 それぞれに歌のパート割りが書かれた紙を渡され、裏返すと歌詞の横に書かれてる名前が全員歌唱以外わたしの名前しか無かった。


 ……んっ? どういうことコレ?

 あんな歌い直されたのにあり得ない!


 何回も紙を裏返したり、見間違えてないか顔を近付けてると天津の笑い声がする。


「ハハハッ! 日野! お前がこれからグループを引っ張っていくんだ」

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