第16話 ─仲間─ 夜のダンススタジオ

 天津の言葉に絶句すると、目の前にいるやよいが突然紙を床へ叩きつけた。


 やよいは何も言わず部屋から飛び出し、睦とシオリが後を追い掛けていく。

 天津の方に目をやると上機嫌にウンウン頷いていた。


「んー、こうでなきゃ!」


 天津は明らかにわざとわたしを目立たせ、意図的にグループに波乱を起こさせるつもりだ。


 自分はいいかもしれないけど、ちょっとはこっちの身にもなって⋯⋯


 とりあえずわたしも部屋から出た。

 やよいたちがどこへ行ったのか、通路を歩いてると近くの非常階段から話し声が聞こえる。


「やよ、気にしないで次また取り返そう」


「そーよ。あんな顔だけの女すぐボロ出んだからー」


 柱の影から、シオリと睦が励ましてる姿を見てると座り込んでいたやよいが立ち上がった。


「⋯⋯二人ともありがと、つい感情的になっちゃって。あたしらしくなかったわね。でも安心して、絶対取り返すから」


 ゴクッ……やよいさんまで、わたしに敵対心を燃やすの?


 唾を飲んでると、背中をちょんちょんと押された。


「やよいさん本気にさせちゃったみたいね……」


 振り返ると、同期の百合亜とスマホをいじってるひかるが立っていた。


「アリスちゃん、ミスレクの事あんまり詳しくないみたいだから伝えておくね⋯⋯やよいさんたちは今年で結成10年の初期メンバーで、その頃からずっとやよいさんがセンターで引っ張ってきたの」


「10年も!?」


「他の天津さんプロデュースのグループやソロはデビュー間もなく次々ヒットしていくんだけど、なぜかミスレクだけはヒット曲に恵まれなくて……それで天津さんは今年グループを一新するため、初めて追加メンバー入れることにしたらしいの」


 ファンのように詳しい百合亜に色々教えてもらい、何となくミスレクの歴史が分かってきた。


 ……そっかぁ、それで紆余曲折を経てここまでやってきたのに、わたしがオーディションも受けずにいきなり入ってきたから気に食わないのか。


 部屋に戻ろうと思ったら、柱からシオリの顔が出てきた。


「あら、ずいぶん私たちのことよく知ってるのねぇ」


 シオリは、あたかもわたしがケンカでも売りにきたかのように「日野がツラ貸せだってー!」と睦とやよいを呼び寄せた。


 階段の方からやよいが近付いてくる。


「いや、あの⋯⋯シオリさんが勝手に」


 説明しようとすると、シオリが目をパチパチさせる。


「はーぁっ? 私がウソついたって言いたいわけ!」


「コイツの言うことなんて信じらんない!」


 睦も加わってくると、ひかるがスマホを閉じて前に出てきた。


「お前らホントしつけーな! 早く辞めちまえよババァ!!」


 睦の顔が瞬く間に赤くなる。


「キィーーッ!!」と奇声を上げると、睦はひかるを両手でドンッとど突いた。

 それにぶちギレたひかるも負けじと睦を押し返し、お互いのほっぺたをつねったり、髪を引っ張ったり揉み合いになる。


 シオリと百合亜と共に仲裁に入ると、マネージャーの香背の声がした。


「おい、なにしてんだー!」


 走ってきた香背が睦とひかるの間に入り引き離す。


「みんな同じグループだろ! これからってときに、グループがひとつにならないと売れるものも売れないぞ!」


 香背のもっともな言葉にシーンと静まる。

 睦たち三人の先輩組は、香背に話がある、と言われ、会議室へ連れて行かれた。


 ひかるが睦たちの後ろ姿を見ながら手のひらに拳を打ち付ける。


「クソッ、アイツら調子乗りやがって……二人はこのまんまでいーわけ?」


 わたしと百合亜の目を見る。


 そりゃ、この状態がずっと続くのはちょっと……


 首を横に振ると、隣にいる百合亜も同じように首を振った。


「じゃ、意見が合ったってことでみんなでアイツら追い出そーっ!」


 ひかるが拳を上げて、わたしと百合亜も苦笑いしつつ控えめに拳を上げた──




 帰宅後。夕食を済ませベッドの上で寝っ転がってると、ピコンピコンとテレビの方から音が聞こえた。


 体を起こすと、画面にまた事務所の中が映し出されていて赤い星印が点滅している。

 今回その星印が示しているのは、所属タレントがレッスンでよく使用するダンススタジオだ。


「また……あの、エルとかいうあの悪魔が現れたの?」


 それを眺めていたデヴィーが腕を組みながら振り返る。


「ウム。ヤハリ奴ハ日ガ暮レテカラデナイト手出シ出来ナイヨウダナ」


 日が暮れてから……?


 言われてみれば確かに、あの黒い影の時はまだ昼から夕方ら辺で、ハッキリ姿を見せた駐車場の時は段々暗くなってから現れていた。


「オマエヲ誘キ寄セテイルヨウダガ……」


 デヴィーはニヤッと笑う。

 たぶん、わたしに選択を委ねているのだ。


 駐車場での事を思い出すと、怖くて行きたくない気もしてくるけど……指輪がまたいつパワー不足になるか分かんないし、どうせいつか倒さなくちゃいけないなら今行ってもいっかぁ……


 場所を確認した後、ブレスレットで夜のダンススタジオへテレポートした。



 扉の前に着くと、通路はすでに消灯していたが、ガラス張りのスタジオの中から明かりが漏れてる。

 リズミカルに動く人影があり、近付いてみると鏡を見ながらダンスするひかるの姿があった。


 こんな時間に自主練?

 

 指輪でアリスの姿に変えて扉を開けた。

 室内に入ると、鏡越しにひかると目が合う。


「あれ、アリスも練習しに?」


 イヤホンを外しながらひかるが駆け寄る。


「いや、ちょ、ちょっと用事がね⋯⋯」


 なんて言っていいか適当な理由を探してると、ひかるがストンッと床に座った。


「アタシさ、ダンスが好きって事ぐらいしか人に誇れるものないから、夜誰もいないときここに練習しに来てんだ」


「そ、そーなんだ……」


 一見、不良っぽくて練習とかサボりそうに見えるけど、知らないとこで努力を重ねてるようで素直に感心した。


「えらいねぇ。わたしなんか、練習しようと思っててもつい部屋に帰ると寝ちゃって……」


 喋りながら座ろうとしたら、奥の鏡の所でクネクネ動く黒い水溜まりのような影が目に入った。 


 あれは……エル!


 ひかるを巻き込むわけにはいかない、そう思い慌てて腕を引く。


「ちょっ、どーしたの!?」


 この場から出ようと、パニックになってるひかるを連れ、扉の前に向かうと振り付けの先生が立っていた。

 先生は無表情で扉の前から1ミリも動こうとしない。


「せ、先生も早くここから出て!」


 そう訴えると、先生は棒のように腕を前に突き出す。


「──ソレ悪魔ノチカラダロ」


 指を差されたひかるは目が泳いでいて、何か隠しているようだった。

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