第36話 ─誘惑─ 魅惑の王子
番組やドラマ撮影でほとんど冷房の効いたスタジオにこもっていたからか、全然夏らしさを感じないまま9月も半ばを過ぎた。
ドラマも最高視聴率で終えることが出来て、今日は依頼されたファーストフード店のCM撮影だ。
「日野アリスさんでーす」
「よろしくお願いします」
スタッフに紹介され、挨拶しながら撮影用の二人がけのテーブル席に着く。
ハンバーガーの持ち方など細かな指示通り、カメラに向かってなるべく美味しく見えるよう頬張る。
もうワンパターン撮ると言われ、スタッフたちは別の準備に取り掛かりに向かった。
はぁ、こんな美味しい思いしてお金までもらえるなんて、なんて贅沢な仕事なんだろう。
大好物のフライドポテトを口に含みながら撮影を見にきたファンの子たちに手を振る。
「……し、試食で、どうぞ」
二十代ぐらいの男性店員がトレーをガタガタ震わせながら、別の新商品のハンバーガーをテーブルに置いた。
「あ、どうも」
店員はすぐに後ろへ駆けていき、そこにいる別の男性店員とはしゃいでいる。
「……やべ、超カワイー」
「もしかしたらいけんじゃね?」
そんな噂話が聞こえてきて思わず笑みがこぼれた。
だけど、男性店員の笑ったときの目を細める表情を見て何でか胸騒ぎを感じる。
あの顔どこかで……?
よーく思い返していたら、男性店員の『桃田』という名札を見てピンときた。
それは、ついこの前幻覚で見せられたミカに、コバンザメみたいにくっついてわたしをイジメていた嫌な奴だった。
ここで働いてたのか……
指輪で姿を変えてたからよかったけど、なんで最近になって昔の同級生に会うんだ?
野次馬たちが悲鳴のように叫び出した。
『きゃーーーー!!』
声のしてきた方に目を向けると、イカツイスーツ姿の男たちが野次馬たちをかき分け、中から白のタキシードを着た若い青年が出てきた。
わっ、おとぎ話に出てくる白馬の王子様みたい。
サラサラな茶髪が風に靡いて、足が体のほとんどを占めてるぐらいスラッと長く、小さな顔も優男っぽいというマイルドな雰囲気を漂わせた正統派イケメンだった。
「夢斗さん入りまーす」
スタッフが呼び掛け、夢斗という名前らしきその青年がわたしの前の席に座った。
そういえばこの前、さゆりたちが雑誌を見て騒いでっけ?
今月デビューする夢斗っていうアイドルが超カッコいいって……
前に視線を向けると目が合った。
夢斗はニコッと笑い、ウィンクする。
い、今の一体どういう意味……!?
動揺したままCMの撮影に入り、夢斗が顔を近付けてきて、思わずハンバーガーを落としてしまった。
「す、すいません」
その後もNGを連発してしまい、二十回を切ろうかというタイミングでようやくCMが完成できた。
ふぅ、このままじゃ身がもたない。
謝って早く帰ろう。
予定より時間を取らせてしまって、謝ろうとすると男性店員桃田が寄ってくる。
「あの、ぼ、ぼくファンなんです」
手にはフィルムが剥がされてない発売したばかりのミスレクのアルバムとサインペンを持ってる。
昔のことを思うと癪に障るけど、今は応援してくれるいちファンだしな……
仕方なくサインペンを取ろうと指を近付けると、横から腕を掴まれた。
「気軽に触れないでくれる」
夢斗がわたしの肩に手をやる。
桃田は「ふへぇぇ?」とすっとんきょうな声を出して固まった。
え、なんで……
何がなんだか分からないまま、夢斗に後ろへ回される。
野次馬たちと目が合うとまたしてもみんな叫んだ。
「キャーー!」「夢斗さん、もしかしてアリスちゃんと付き合ってたんですかー!?」
夢斗ファンらしき女の子に夢斗が近寄り、ファーストフード店の割引券を渡す。
「このCMで僕たち恋人になってるから楽しみにしててね」
ファンの女の子は激しく首を縦に振る。
夢斗から貰った割引券ってことで、他の夢斗ファンたちと奪い合う。
わたしのファンもホッと胸を撫で下ろしたようで柵に掴まって座り込んでる。
「あ、あの、先ほどはご迷惑かけしてすみませんでした、あとさっきの……」
何故サインを躊躇っていたのに気付いたのか、謝るついでに訊ねようとすると、夢斗が顔を耳に近付けてきた。
「気にしなくていいよ。それに、僕は──本当のキミも可愛いと思うよ」
耳元でそう囁くと、周りにバレないように手の中にカードみたいな物を渡してきた。
ほ、本当の?
夢斗はイカツイスーツ姿の男たちに囲まれながら颯爽と去っていく。
渡されたカードを見ると『クレイドル・タワー』とマンションらしき名前と部屋番号が記されており、たぶん夢斗の部屋のカードキーだった。
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