第35話 ─刺客─ フクロウの洗脳

 夕食をとった後、ひかると百合亜に通り魔の件をメールで説明して事務所に集まることになった。


 いつもの如くブレスレットでテレポートして、消灯したエントランスで柱の影に隠れる。

 数分待ってると、ひかると百合亜が上の窓から降りてきた。


「あのさ、別にいーんだけど……なんで事務所なワケ?」


 少し困った顔でひかるが訊いてきた。


「いや、別に理由はないんだけど、悪魔が出るならここかなーって……はは」


 自分でもなんでここを選んだのか謎に思ってると、隣のエレベーターが開いた。

 出てきたのは同じグループのメンバー、やよいだ。


「あれ、日野たちこんな遅くにどうしたの」


 やよいは私服姿でわたしたちを不思議そうに見つめる。


「いや……あ、天津さんに呼ばれて」


「……そーそー!」


 わたしの思いつきにひかると百合亜も相づちして合わせる。

 やよいは「ふーん」と頷いて横を通り過ぎていく。


「じゃ、アタシらもー行くんで!」


 ひかるがエレベーターのボタンを押すと、やよいが振り返る。


「……あたし、来月で辞めるの。ミスレク」


『えっ?』


 思わずひかると百合亜と声が揃う。


「それでさっき、あたしも天津さんに会いに行ってたの」


 後ろからエレベーターの到着音がする。

 やよいの視線が開いたエレベーターの方に向けられ、不自然に思われない為一応中へ入った。



「だから……ミスレクのこと頼んだね」



 いつも口数が少なく真顔のやよいが笑顔でそう言った。


「え、あ、あの」


 わたしも何か言おうとしたけど扉が閉まった。


「……まさかやよいも辞めるとはねぇ、って、百合亜どこの階押したの?」


 ひかるがそう言うと百合亜はエレベーターの操作盤の前から離れる。

 光っていたのは最上階のボタンだ。


「一応、天津さんのいる社長室の階に」


 最上階へ向かっていくエレベーターの表示灯を眺める。


 睦に続いてやよいさんまで辞めちゃうなんて……

 頼んだって、わたしにセンターやエースを任せたって意味なのかな。


 階の数字が順調切り替わってると、突然バンッとブレーカーの切れる音がした。

 辺りが暗くなってエレベーターの動きも停止する。


 ……まさか。

 あのフクロウ人間がここに!?


 天井の上の方からヒューッと迫ってくる音がする。


「二人とも掴まって!」


 ひかると百合亜が首を縦に振り、わたしの腕を掴む。

 手首にはめてるブレスレットを擦り、紫色の光に包まれるとテレポートした。


 咄嗟だったのもあって隣のエレベーターの上へ移動した。

 今さっきまで乗ってたエレベーターの方を見下ろすと、繋がれていたケーブルが切断され、天井の部分が突き破られて地面へ落下している。


 その天井の隙間から黒のジャンパーを着た人物が這い出てきて、こっちを見上げた。


 その顔には、テレビで観たあのフクロウのお面が被せてあり、この人物こそ連続通り魔事件を起こしてる犯人悪魔アウルスだ。


 アウルスは両手でジャンパーを引き裂き狼のような毛深い体を露にすると、カミソリを重ねたかぎ爪状の刃物を向け、背中に生えた翼で勢いよく飛んでくる。


「アダマス」


 呪文を唱えながら指を下に差そうとしたら、すでにアウルスの白いフクロウのお面が鼻の先寸前にあった。


 うっ……


 間近に見た、所々ひび割れ粘土でできたような白いお面に無表情な真っ黒な眼っていうのが、とても強烈で言葉が出なかった。


 火の玉や水流が目の前を通り過ぎ、アウルスに衝突する。


「アリスちゃん、大丈夫?」


「う、うん、大丈夫……」


 百合亜が心配そうな顔でそう言って、とりあえず返事はしたものの、さっきのフクロウのお面が残像にあって、胸の辺りがぞわぞわと吐き気のように気分が悪くなってくる。


 アウルスは壁を蹴って刃物で空を切りながら、目で追えないほどのスピードでかわすひかるを執拗に追う。


 わたしも、攻撃しないと……


 アウルスと戦うひかると百合亜に当たらないよう、指を向けるピントを調節してると、頭上から明かりが差した。

 上を見ると、四階分ぐらい先、最上階の扉が開いていて人が立ってる。


 誰?


 最初は分からなかったけど、黒髪のショートカットや雰囲気、背丈からしてドラマで共演しているティエルだと分かった。

 でも何故、別事務所のティエルがうちの事務所、それも夜にいるのか不思議におもった。


 立ち上がるとティエルがしゃがみ込む。


「ふふ、久しぶり。日野」


 え……


 首を伸ばして見下ろしていたのはティエルではなかった。


 クスクス微笑む、紺のブレザーの制服を着た一人の女子生徒。

 その制服はわたしの中学時代のものと同じで、喋り方と表情、おでこを全開にしてツンと跳ねた肩につくぐらいの後ろ髪……この特徴からある人物の顔がよぎった。


 ……黒井ミカ。


 ミカはわたしの小学生の頃からの同級生。 

 成績優秀でスポーツも万能、だけど何かにつけてわたしの外見を嘲笑ったり、嫌がらせを行っていたいじめの主犯格でもあった。 


 なんでここに。

 さっきは、たしかにティエルに見えたのに……


 思い出したくもなかったミカを目の当たりにして体が後ろへのけ反る。


「アンタってさー。ホンットいつもいつも逃げてばっかいるよねぇー。昔となーんにも変わんない。弱くてグズでノロマでデブ。ブスッ! ゴミーッ!!」


 ミカはあの頃と同じように、ほくそ笑みながら機関銃で撃つみたいに暴言を浴びせてきた。


 履いてる自分のズボンを強く握り締める。


 なんでこんな奴にここまで……

 キィーーーッ!!

 

 上にいるミカに向けて指を差した。

 ミカは怖じけるどころか、早く撃て! と言わんばかりに胸を開く。


「さぁ」


 言われなくても分かってるわ。

 いま、その喋まくるうるさい口、黙らしてあげる。


「アダマス……」


 呪文を唱えようとしたら、ガンッと頭に硬い物体が当たった。


 ……いったぁ、何いまの?


 正面にスマホが浮かんでる。


「ヤット醒メタカ」


 画面には腕を組んであぐらをかいてるデヴィーの姿がある。

 上を見るとさっきミカが立っていた場所に、ひかるに刃を向け、人質にしているアウルスの姿があった。


「ど、どういうこと?」


 隣にいる百合亜が肩を下ろす。


「よかった、洗脳から解放されて」


「え、せんのう?」


「そう、アリスちゃんアウルスに洗脳されてたの、いくら呼び掛けても反応がなかったから、デヴィーがスマホで頭突きして……」


 さっきのティエルやミカがいた光景と、今ひかるを人質にとるアウルスの光景が重なる。


 そういうこと……

 アウルスの目を見た瞬間、洗脳されてありもしない幻覚を見せられ、わたしにひかるを攻撃させようとしたってことか。


 正攻法で戦ってもスピード能力の高いアウルスには勝ち目がないと思い、指輪とスカーフ同時に使うことにした。

 

 指を向けると、アウルスは右手に持つ刃を投げようとする。

 呪文を唱えながらスカーフを伸ばした。


「アダマスルークス!」


 スカーフが刃を跳ねのけ、アウルスの両腕を縛る。

 そして、指から放出した白い光線がアウルスの顔面に的中した。


「バリンッ!」


 フクロウのお面が真っ二つに割れ、下に落ちるとひかるを突き放す。


 顔を両手で覆いながら上を見ると、スーッと体が透けていき、他の天使たちと同様白い羽根がパラパラと舞い降りた──


 

 数日後。ドラマのクランクアップを迎え、渡された花束を腕に、共演者や監督たちと記念撮影を撮った。


 今日が最後ってことでキャストのほとんどが駆けつけたが、ティエルだけが何故か現れなかった。


 まぁGTの活動が忙しいのかもね……


 あの幻覚がやけにリアルで、少し不審な気もしたけどそう思うことにした。

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