第10話 ─自立─ なりたい夢

 段々電車が視界に入ってくるとカサッと何かが頭に当たった。

 足を止めると、チッと舌打ちする音がどこからか聞こえ、猛スピードの電車が過ぎ去っていく。


 ……あれ、こんなとこで何してんだろ?


 黄色い点字ブロックの上に白い紙が落ちてる。


 それは、前に受け取った『ヴィネーラプロダクション香背』と表記された芸能事務所の名刺だ。 

 部屋の引き出しに閉まったはずの名刺が、何で空から降ってきたのかは謎だけど、見てるうちに昔のある記憶を思い出した。


 学校でイジメられ、制服のままベッドにうつ伏せになっていた時、後ろからあまりにも心情に似つかわしくないハイテンションな曲が聴こえてきたのだ。

 振り向くとテレビの中で一人のアイドルがマイクを片手に笑顔で歌い踊っている。


 はじめはのんきに歌ってんなぁ……ぐらいにしか思わなかったけど、気付けばそのひまわりのような明るい笑顔に釘付けになっていて、その瞬間だけ辛い日常を忘れられた。


 いつか、わたしもこんな風に──


 そう思ったりもしたけど、現実は容姿が全く違うし、いつしか劣等感から曲を聴くどころか見るのすら避けるようになってしまった。


 名刺を貰ったときは焦ってろくに返事出来なかったけど⋯⋯

 本当はわたし、あの人みたいに歌って踊れるアイドルになりたい。


 無意識ではいつも夢見てた本当になりたいものが見つかった気がした。

 名刺を手に空を見上げると、送電線に黒縁メガネを掛けた変なコウモリが飛んでいる。



「ただいまー」


 帰宅して、部屋のテレビの前に行くと突然デヴィーに「ドケーッ!」と叫ばれ言われるまま床へ伏せた。


「ビュンッ!」

「バリンッ!」

「キィーッ!!」


 ただ事じゃなさそうな騒音の連発に、慌てて体を起こすとガラスの一部が卵ほどの大きさに割れていた。

 その先の窓の外には、コウモリが固まって浮いており目もとにメガネを掛けている。

 そうそうメガネを掛けた変なコウモリなんて居ないし、たぶん駅で見たのと同じ奴だ。


「最近異様ナ気配ヲ感ジテタガ……バントニ憑カレテイタカ」


 デヴィーは顎に手を置いて冷静に話した。


「⋯⋯バント? それって、このコウモリのこと?」


「ウム。バントハ意地悪ナ奴ダガココマデ執拗ナノハ珍シイ⋯⋯指輪ガ狙イダロウ」


 右の指にはめた少し青く光るようになった指輪を見ると、浮いてたバントが黒煙になり宝石に吸い込まれていく。

 するとデヴィーがわたしの背後を睨む。 


「マダ別ノバントノ影ガ見エルナ……」


 そう言われると、さっきのバントと施設の女性職員のメガネが同じ物だったような気がしてきた。

 仮にもし同一人物だとしたら、もう一人の男性職員が残りのバント……



 翌日、施設のドアの前で深呼吸をしてからノブを触れた。


「⋯⋯こんにちは!」


 思いのほか声が出て、自分でもビックリすると、デスクの前に居た男性職員もまさしく鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いていた。

 そして、いつもパソコンをいじっていた女性職員の姿はやはりない。


「あれ、昨日でもう来ないと思ったのに、ふふっ」


 男性職員はわざとらしく笑い、奥へ歩いていく。

 本当にもう一人のバントなら、何かしら反応するはず……そう考え、背中を向ける職員の真横を不意に撃ってみる。


「アダマスルークス」


 呪文を唱え、白い光線がイスに伸びると男性職員の周囲に黒い煙幕が発生した。

 そこから黒い影が上へ素早く移動する。


 やっぱり、この職員がもう一人のバント。


 煙が消え去ると、天井で真っ黒なコウモリがバサバサ羽ばたいている。


「ヨクモ……昨日仲間ヲヤッタノモヤッパリオマエカッ! トットトソノ指輪ヨコセッ!」


 バントは思いっきり羽を広げると、そこから耳鳴りのような超音波を出してきた。


 耳を塞ぎ、デスクの陰に隠れたが超音波の威力でイスと共に吹き飛ばされる。

 超音波の下に晒され、意識が朦朧としてくると調子に乗ったバントに罵声を浴びせられた。


「ハーハハッ! オマエミタイナデブスガ夢ナンテ見テンジャネーヨ! バーーーカッ!! ハハハッ!」


 床に這いつくばって黙っていたが一気に怒りが込み上げた。


「うるさーーーーーーーーいっ!!」


 耳から手を離し指先をバントへ向けて光線を放った。

 

 瞬時に飛んできた光線を避けきれず、バントは「キィーーーーッ!!」と叫びながら呆気なく消滅した。


 いつも通り黒煙に変化して指輪に吸収されると、上からシャリンッとブレスレットが落ちてくる。

 紫の珠が数珠繋ぎになったこのブレスレットは、さっきのバントが男性職員の姿に化けてるときも肌身離さず手首に付けていた物だ。


 バントのブレスレット……

 もしかして、装飾品のひとつ!?


 あの赤い本に載っていた紫色のブレスレットにそっくりで、試しに手首にはめてみる。


 すると、紫色のオーロラのような光に一瞬にして全身を包まれた。

 目を開けると、そこは見覚えのあるベットに座卓、いつの間にか自分の部屋へ瞬間移動していた。

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