第26話 ─背信─ 留め具

 天津があげたリップとコンパクトに偶然悪魔が宿っていたとはどうも考えづらく、もしかしたら悪魔と何らかの関わりを持ってるんじゃ……と思うようになった。


 デヴィーとひかると百合亜にもその事を伝え、時間が合い次第天津のもとへ向かおうという事に。


 でもその天津がミスレクをトップへ押し上げようと、事務所の先輩グループがやるはずだった仕事を全てわたしたちに注ぎ、毎週歌番組に出演するのはもちろん、CMやドラマ、映画など各方面にそれぞれ売り出され、完全に仕事以外で三人で会うタイミングが失われた。


 わたしには主演ドラマのオファーまで舞い込んだ。

 あれやこれやしてるうちに、夏期のゴールデンタイムに放送が決まったぞ、と嬉しそうにマネージャーの香背に聞かされた。

 大体のシナリオを聞くとコメディや恋愛の要素も含まれた学園もののドラマらしい。


 ドラマの脇役どころか演技の経験すらないわたしが主演……

 うぅ、想像しただけでお腹が痛くなりそうだ……


 だけど、普通に暮らしててドラマの主演なんて出来るもんじゃないし……せっかくだから挑戦してみることにした。

 主題歌もミスレクが担当するそうで、ドラマの情報が載った書類に仮タイトルが記されてる。

 ドラマを制作する人たちの説明や打ち合わせもあり、気付けばもう日付が変わろうとしていた。


 もう、こんな時間かぁ。


 テレポートをして帰宅する為人目のない場所を探す。

 最近はグループが売れてきたのと比例して夜間でも人が頻繁に通る。


 天津がよくわたしたちを集める会議室の近くの化粧室は、事務所関係者しかあまり使わないからそっちに向かった。


 入り口から覗くと、しーんと中は静まっていてやはり誰もいないようだ。

 早く帰りたい一心で手前の個室に入り、ブレスレットを擦ろうとしたらどこからか声がしてきた。


「……ハイ。カシコマリマシタ」


 ボリュームが小さくトーンも低いけど、この特徴的な甲高い声はベールだ。

 ベールといえばトイレにいる精霊だから別にいるのはおかしくないけど、明らかに誰かと会話している。


 ずっと孤独だった……みたいなこと言ってなかったっけ?


 音を立てないように扉を開き、ベールの棲む奥の個室へ向かう。

 そしてドアノブにそーっと触れた。


 はっ! あれは……


 数ミリ開けた扉の先に見えた光景は、便器の下で土下座するベールと、その上で銀色の髪や赤い目玉、顔や胴体がバラバラになったものがウヨウヨ浮かんだエルの姿だった。


 髪や目から一目でエルだと分かり、バラバラになったのもラビエルの攻撃を受けたからだと想像つく。


 エルは今、恐らくひんし状態……

 ここで指輪で攻撃すれば倒せるかも。


 指を向けようとしたら、ベールがボンッと膨れて起き上がった。


 扉が勝手に開き、ベールのピンクのゴム状の体がわたしにまとわりつく。

 すると漂うバラバラの体から声がする。


「ヨクヤッタ……我ガシモベ……ベールヨ」


 ベールが、しもべ!?


 腕を上げようとすると、ベールの体に縛られていて手を出せなくなっていた。


 ヤバ、油断した……


「クククッ……ベールヨ……ソノ女ノ身ニ付ケタ装飾品全テヲ奪ウノダ」


 エルが命令すると、ベールはわたしの手足を縛ったまま体を伸ばす。

 細い指のようになり、器用に指輪やペンダントなどを取り出そうとする。


「やー! やだー!」


 バタバタ手足を動かして暴れる。

 だが抵抗むなしく全ての装飾品を抜き取られてしまった。

 若く美しいアイドルの姿から元の醜く太った姿に戻る。


「ホォ……四ツモアルデハナイカ!」


 装飾品を差し出されたエルは目を輝かせた。

 ベールは装飾品を引っ込ませる。


「エル様……コレデ本当ニ私ヲ人間ニ変エテ下サルノデショウカ」


「アァ。ソウトモ。ソレヨリ早ク」


 エルは少し面倒臭そうにあしらった。

 ベールは腑に落ちない様子だったがエルに装飾品を渡す。

 バラバラになったエルに、指輪、ペンダント、ブレスレット、イヤリングが近付くと黒い電撃が走り、暴風が放たれた。


「うわぁっ!」


 ベールと吹き飛ばされ、一瞬のうちに周りの扉や便器が破壊された。

 後ろの壁に当たったけどベールの体のおかげで衝突はやわらいだ。


 顔を上げると、真っ黒な雲のような煙が辺りに立ち込めていて中から剣が出てくる。

 一振りして煙が消え去ると、以前とは装いが異なるゴツゴツした角が両肩から突き出た銀に光る甲冑を纏うエルがそこにいた。

 体が人の形に戻ったエルは装飾品をぎゅっと握りしめる。


「オォ! 力ガミルミル湧イテクルノヲ感ジル……」


  ベールがわたしの体から離れ、エルにすり寄る。


「エル様……ソレデハ早速」


 ひざまずくベールにエルは剣を振り落とした。

 黒い電撃が放流し、ベールは悲鳴を上げながら倒れる。


「ウゥ……騙シタノネ……」


 黒焦げになったベールからジューと焼ける音がする。


 さっき言ってた、人間にするとかいう話、ウソだったんだ……


「馬鹿メ。オマエナドハジメカラ信用ナドシテオランワ」


 エルは冷めた眼差しでベールを見下ろしそう吐き捨てた。

 ベールは私の方に顔を向け、虫の息で呟く。


「……ゴメンナサイ。私貴女ニトテモ酷イコトヲ……」


 首を横に振ると、ベールはエルには分からないよう背後から体を伸ばして、ポケットに何かを入れてきた。


「……ソレヲ……貴女ニ……」


 最期にそう言葉を残し、ベールは体が透けて霧のように消えた。


 ベール……


 何も無くなった焼き焦げたトイレの床を見つめる。


 すると、入り口の方から強風が吹いた。

 風で目を開けられない中、エルの声だけが耳に入る。


「クッ、マタシテモ邪魔シニキタカ!」


 剣の鋭く斬る音が響くと風が静まった──


 子供たちの騒がしい声や駆けていく足音、鳥のさえずりが聞こえる。

 目を開けると、部屋のテレビの前で座り込んでいた。

 カーテンの隙間からは朝日が差してる。


 いつの間に……

 ブレスレット使ってないのに。


 ポケットに入れられた物を取り出す。

 

 手を開くと、ピンク色に輝きを放つひし形の破片と、金のリングにピンクの宝石が嵌め込まれた留め具らしき物があった。


 この破片は指輪のもの。

 ベールは指輪に封印されていた悪魔だったようだ。

 

「──これからあのお二方と共にエルのもとへ向かいます」


 そう声が聞こえ、腰を上げるとラビエルが扉の前に立っていた。


 ラビエル……!


 きっとあの強風でエルの隙をついて、ラビエルがわたしを部屋まで移動してくれたんだ。

 お二方っていうのはひかると百合亜のことだと思われる。


「え、これからって……」


「装飾品の力を手に入れてしまったエルは今までとは違い、昼夜問わず活動できるようになりました。これまではあの場からは動けず夜間しか動けませんでしたが、もう制御できずエルも本格的に動き出すでしょう。貴女はここで残された装飾品と破片を守っていて下さい」


 ラビエルは、消してあるテレビをチラッと見て微笑むと翼を広げ姿を消した。

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