第27話 ─旋律─ 悪魔の曲

 ひかると百合亜に電話とメールをしたけど返信がない。


 きっと、もうエルのいる事務所へラビエルと向かっている……


 ここで破片を守るようラビエルに言われたものの、本当に行かなくていいのかまだ迷っていた。

 いつもペロリと耳まで平らげるパンも喉を通らない。

 少し残して台所に向かうと玄関からママの騒ぎ声がした。


「どーなってんのよー」


 リビングから顔を出すと、ママが玄関のドアノブをガチャガチャ回してる。


「どーしたの?」


「分かんないけど、ドアがびくともしないのよ」


「えぇ?」


 ドアノブを回しに行くとすんなりドアは開いた。


「ありさ力持ちねー。もうボロいから買い換えないとダメかしら……って、あっ、遅れちゃう、じゃあね」


 パートに行ったママを見送った後、空を見上げると黒い雲が渦巻いていた。


 なんかこの不気味な雲、エルを包んでたあの煙に似てる……

 もしかして街に広がり始めてたりして?


 わたしも行けるものなら行きたかったけど、指輪が無い今一緒に居ても戦えないし、ブレスレットも無いからテレポートも出来ない。

 それに、本当は何と言っても一番はこの醜い素の姿で街中に出るのが怖いのだ……


 だけど黒く染まる空を見てるうちに、一人だけ家で大人しく待ってるのが許せくなってきた。


 やっぱり、行くだけ行ってみよう……


 押し入れから小学生時代のリュックサックを引っ張り出す。

 中に、丸めた新聞紙や手鏡、タオル、赤い革の本、フライパンなど少しでも役立ちそうな物を入れる。


 そういえばこの留め具、何かに付けられそうだな。


 ベールに渡されたピンクの留め具を見てると、タンスにしまってある同じ淡いピンク色のスカーフにピッタリだと思った。

 タンスからスカーフを取り出して留め具を付ける。

 子供用リュックだから普通には背負えず、片側だけで持つとテレビが点いた。


「……フッ」


 画面の中にいるデヴィーが鼻で笑う。

 テレビから消えると、座卓に置いてあるスマホが光る。

 そこには背中を向けて座るデヴィーの姿が映し出されていた。


 デヴィー……一緒に事務所へ行ってくれるんだね。


 胸ポケットにスマホをしまった。


 駅に向かい、スマホの地図を見ながら事務所を目指す。

 乗り換えを必死に記憶して切符を買い電車に乗った。


 ただでさえこの醜い外見で好奇の目に晒されるのに、フライパンの取っ手が出てる子供用リュック背負ってるから周囲から余計ジロジロ見られる。


 あと少し……あと二駅耐えれば……


 視線に耐えながら電車の窓から眺めると、事務所のある都内へ近付くごとに、空や街がどんより暗く重たい空気に変わっていく。


 そして何とか目的の事務所近くの駅に辿り着いた。


 周りを見渡すと、昼間だというのに街全体が夜のように暗く、通行人もチラホラいるがみんな下を向いてる。

 しかも事務所の方から明らかにおかしな曲が流れていた。

 音がでかくなったと思えば急に小さくなったり、連続して流れるとぶつ切りになったりと、本能的に不快に感じるメロディーが流れてる。


 何なのこんな変な曲。

 それに、道を歩いている人たちも何だか不気味でこれじゃ悪魔みたい……


 リュックから丸めた新聞紙とフライパンを取り出す。

 異様を気配を感じつつ、目と鼻の先に見える高層ビルの事務所へダッシュする。


 すると背後から近付いてくる革靴の音がして、振り返ると、両手を伸ばしたスーツ姿の男が襲い掛かってきた。


「ウゥーーーッ!!」


 フライパンをバットのように振ると頭に命中し、男は倒れた。

 身なりからしてサラリーマンだと思われるが、顔や手が青白く生気がない。


 男の来た方へ目をやると、建物や歩道から続々と同じ顔色をしたオジサンや主婦、学生やOLがこちらに向かってくる。


 こんなにいっぱい!?

 ひとまず事務所の中へ行くしかない……


 リュックを追ってくる人たちへぶつける。

 荷物が散らばった隙に事務所の入り口前へ走った。


 透明の自動ドアが開き、中へ飛び込むとドアが閉まる。

 悪魔のようになった人たちが叩いたり、こじ開けようとするがドアは開かない。


 どうしてこの人たち入れないんだろう。


 疑問に思うとラベンダーの香りがしてくる。

 後ろを見ると、エメラルドグリーンの光に包まれたラビエルが立っていた。


「ラ、ラビエル……わたし……」


 家で待つことが出来なかった、と口にしようとするとラビエルは優しく微笑む。


「エルは此処を拠点に人間を悪魔に変えてしまう曲を奏でさせているのです」


「あ、悪魔に変える曲?」


 さっき街に流れていたあの変な曲がまさにその曲なんだ……と気付いた。


「ひかると百合亜ちゃんは」


「お二方には、街から悪魔に化した人間が広がらないよう境界線で食い止めてもらっています」


 二人とも、そんな大変なこと引き受けてたんだ……


「それでは私たちも参りましょう」


 ラビエルがそう言うと、わたしもエメラルドグリーンの光に包まれる。

 まるでシャボン玉の中にいるみたいだ。


 エレベーターのようにスイスイ上がっていく。

 天井も壁もすり抜けると最上階の大きく広い部屋に着いた。


 ここって、天津さんの社長室……


 グループのプロデューサーである天津は、このヴィネーラプロダクションの社長でもある。


 グリーンの光が消える。

 天津がいつも座る高級なアンティーク調の椅子に近付くと、机の下でブルブル震える天津の姿があった。


「天津さんここで何を」


 天津はキョロキョロ見回しながらゆっくり出てくる。


「君は……?」


 指輪で姿を変えていないのについいつもの調子で話し掛けてしまった。


「あぁ……わたしは……その……」


 不思議そうに見つめてくる天津に、言葉を上手く返せないでいると、突然ラビエルが声を張り上げた。


「離れてっ!」


 咄嗟に離れると、ラビエルが放った強風が天津にぶつかる。


 えぇっ、ラビエル何を!?


 気を失った天津の体が宙に浮く。

 背中の辺りから黒い影がゾワゾワと現れると、2メートルほどの巨大な物体が現れ、天津の体は床へ落下した。


 これは──


 筋骨隆々の大男の肉体の上に、猫のような瞳と大きい鼻、周りには炎のような黒いたてがみがあり獅子の頭が乗っているようだ。


「プリソン! その人間から離れなさい!」


 ラビエルが叫びながら手のひらを前へ向ける。

 

「……何ヲ言ッテル。コノ男ガ俺ノ力ヲ求メテイルンダ。コイツノ作詞作曲音楽ノ才能ハ全テコノ俺ノ力ニヨルモノサ」


 獅子のような悪魔プリソンは喉奥から唸りだすような声でそう話した。


 才能全てってどういうこと……


 気を失ってる天津の顔を見る。


「コノ男モ承知ノコトダ。音楽ノ才能ト引キ替エニ魂ヲ貰ウコトヲナッ!!」

 

 プリソンは「ガオォォーッ!!」と吠えると天津を咥え、窓を突き破った。

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