第28話 ─決着─ エル

 悪魔プリソンはけたたましい咆哮を轟かせながら空高く、真っ黒な雲の上へ飛んでいった。


「さぁ、掴まって」


 ラビエルが手を差し出す。

 うん、と頷き手を繋ぐとグリーンの光に包まれた。


 ラビエルと共に空へ飛んでもくもくとある雲を突き抜ける。


 雲の上に出ると、ビルひとつ分はありそうな巨大な金属製のラッパの付いた蓄音機が目に飛び込んだ。

 傍らには、天津を片足で押さえるプリソンと黒く光るレコードを手にしたエルの姿がある。


「ホゥ。ヤットレコードガ完成シタカ」


 エルが満面の笑みでレコードを眺めるとプリソンがひざまずく。


「ハイ! 人間ノ生気ガ大量ニ含マレタコノレコードガアレバ全国、全世界モ夢デハアリマセン……後ハコノ男ニ設置サセレバ……」


 どうやらあの黒く光るレコードには、人間を悪魔に変えてしまう曲が録音されているようだ。

 プリソンが足下を「ガオォォーッ!」と吠えると、天津が両足を上げて飛び起きた。


「……わっ! ここはどこだ!?」


 パニック状態の天津にエルがレコードを手渡す。


「分カッテイルナ。コノレコードヲソコノ蓄音機ニ設置スルノダ」


 天津は弱みでも握られてるように震えながら蓄音機に近付く。


 ……レコード、自分では設置しないんだ。

 ってことはエルは蓄音機に触れられないのかも。


「待って!」


 大声で叫ぶと、蓄音機にレコードを置こうとする天津の手が止まる。


「君は……」


 天津は口をポカンと開けた。

 きっと、ここまで追ってくるなんてどこの誰なんだ……と思っているんだろう。


「天津さん、そのレコードを置くのはやめてください!」


 天津の隣で様子を眺めていたエルが苛立った様子で指をパチンっと鳴らす。


「コイツラガドウナッテモイイノカ!」


 エルの背後に黒い電流が流れる二本の柱状のものが出てくる。

 中には気を失ったひかると百合亜の姿があった。


 はっ……


 助けたくても助けられず、もどかしく思ってるとラビエルが手のひらを向けた。


「ビューーン!」


 強風を吹かせるとエルとプリソンの目を眩ませた。

 その隙にラビエルはひかると百合亜のもとへ飛び立ち、二人を抱えて颯爽とわたしのいる所まで戻ってくる。


「スゴい、ありがとう」


 そう言うとラビエルはいつものように優しく微笑む。

 するとラビエルの背後に黒い影が迫り、プリソンの吠える声と共に切り裂く音がする。

 ラビエルがわたしに倒れ込むと、背中の翼がバラバラに雲の上に落ち、千切れた服は赤く染まっていた。


「ラビエル!」


 ラビエルを抱え、正面に目を向けるとプリソンが腕を組んで得意気に笑っていた。


 許せん……

 こんな時、指輪があれば。


 何か使える物があるかポケットの中を探すと、ベールからもらった留め具を付けたスカーフが指に触れた。


「何もしないよりはマシ……それっ!」


 スカーフをプリソンへ向けると留め具がピンク色に光輝いた。

 鞭のように伸びていき、瞬時にプリソンをグルグルに縛って身動きを取れなくする。

 どんどん雑巾を絞るように細くなるとプリソンの姿は消え、黒煙だけが浮いた。


 この留め具にこんな力が!?


 戻ってきたスカーフを眺めてると、天津とエルの騒ぐ声がしてくる。


「お、俺にはムリだ……!」


「早ク置クンダッ!」


「や、やっぱり、ムリだ!!」


 天津はレコードを設置するのを拒否していた。

 エルはプルプル震え、痺れを切らす。


「ナラ……力尽クデヤルマデダ!!」


 エルが鞘から剣を抜く。

 天津はピカッと光る剣の刃を前にして気絶した。


 それを見て、スカーフをエルに向けようとしたら、雲の下からポンッとスマホが出てくる。

 そのスマホはわたしの物で、デヴィーがいつの間にかまた抜け出していたようだ。


「モウヤメロ。エルベルト──」


 デヴィーにその言葉を口にされた途端、エルは剣を抜こうとする状態のまま固まった。

 そして、全身から金色の光が四方八方に弾ける。


「ギアーーーーーーーーーーッ!!」


 絶叫すると黒煙が消え去り、エルは膝から崩れ落ちる。

 ゆっくり顔を上げると闇夜のように黒かった瞳が青く変化し、甲冑も白一色に変化した。


「……今まで何って事をしてきてしまったんだ……」


 浄化されたエルは、悪魔に侵されてた記憶が蘇ったのか頭を抱える。


 デヴィーがエルにそっと近寄る。


「ナニ。自分ヲ責メルコトハナイ。真ノ名ヲ知ラレレバ無条件ニ操ラレテシマウカラナ。恐ラクベシュテルノ仕業ダ」


 エルは涙を流してデヴィーとわたしに向かって頭を下げる。


「済まないことをした……」


「ううん、操られてたんだったらしょうがないよ」


 エルが申し訳なさそうに両手を差し出すと装飾品が現れた。


 はぁ、やっとあの姿に戻れるんだ。


 指輪やペンダントなどの装飾品を受け取るとラビエルが起き上がろうとする。

 でも背中に痛みが走ったのかラビエルは顔を歪ませる。

 エルはすかさずにわたしの手からラビエルを支えてきた。


「こんなに酷い怪我を……」


 エルが俯くとラビエルはゆっくり首を横に振る。


「貴方が戻ってくれただけで私は……それに、ミッシェルたちが共に戦ってくれるきっかけになったのですから……」


 エルは黙ってラビエルを抱きしめた。

 デヴィーはスマホから二人の事を上から見ている。


 そういえばデヴィー、いつの間にエルの真の名前知ったんだろう?


「ね、どうやって名前知ったの? あの魔導書もまだ見つけてないのに」


 訊いてみるとスマホの画面がこちらに向く。


「フッ……アレホドイツモ近クニアッテ真ッ赤ニ目立ツノニ気付カナイトハナァ」


 両手を上げ、やれやれって感じでデヴィーは笑う。


 いつも近くにあって、真っ赤?


 イメージするとひとつ思い浮かぶ。

 あのオジサンの所から持ち出した赤い革の本だ。

 てっきり魔導書っていうワードから、勝手に分厚くて立派な本をイメージしてしまっていた。


 あれかぁ、まさかもう持ってたなんて……

 でもまぁエルを戻せたからいっかぁ。


 たぶんリュックの中身を散乱させたときにデヴィーが赤い本に気付いたんだと思われる。


 ひかると百合亜を起こそうとすると、頭上から笑い声が響いてきた。


「クククククッ」


 ……誰?


 エルとラビエルと一緒に上を見ると、空中に渦を巻く黒い雲が出現していた。

 人ひとりを呑み込めるほどの空洞があくと竜巻のような風が吹き起こる。


「ビューーンゴゴゴゴッ!!」


 エルが剣を振り上げ、銀色に光るバリアを張った。


「君たちだけでも逃げてくれ!」


 エルが切羽詰まった表情でそう言うと、ラビエルが目を閉じて、わたしと気を失ってるひかると百合亜、そして離れた場所にいる天津をグリーンの光で包む。


「……待って、わたしも」


 指輪を急いではめたが、空洞がエルとラビエルにどんどん近付いていき、飛ばされそうになってるスマホを掴んだのを最後に目の前の光景が変わった──



 気付くと一人スマホを手に道路の脇にいて、曇っていた空も晴天になってる。

 悪魔にされていた通行人の人たちも何事もなかったかのように歩いていて平穏な日常へ戻っていた。

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