第29話 ─苦悩─ 天津
人間を悪魔に変えるという、街ひとつを巻き込んだほどの騒ぎだったのに、あれから誰も話題にしないどころかニュースにもならなかった。
事務所の人も街の人たちもあの曲で悪魔に変えられてた記憶が全くない様子。
エルとラビエルに助けられた後、みんな元の場所へ戻されていたようで、ひかると百合亜は人混みの中に、天津は社長室に帰されていたらしい。
ただ、天津はあの一件で別人のようになってしまった。
以前は金髪パーマでアロハシャツを着た陽気なオジサンって感じだったが、今はジャージ姿で黒い毛がまだらに混ざった髪を垂らしたままで「あぁ……もうダメだ……」と独り言をブツブツ言って廊下の壁に頭を打ち付けてる。
プリソンはあの時、自分は天津に求められている、と語っていた。
その意味がずっと気になっていて社長室に戻った天津に訊ねてみた。
「あの、天津さん……」
「ふぇぇ?」
天津は心ここにあらずといった表情をする。
そこで唐突に呟いてみた。
「……プリソン」
すると、天津はその言葉を聞いてビクッと震えた。
「なぜその名を……」
ここでプリソンらと鉢合わせした際、わたしは元の姿で会っていたから天津は別の人物だと思っている。
悪魔のこと知ってるみたいだし……
あの時、会ったのはわたしだって打ち明けてもいいかな……
本当の事を伝えようか迷ってると、天津が前にある机に頭をぶつけだす。
「ダメなんだ! 俺はあの力が無いと曲も詞もまったく思いつかないんだっ!!」
無理矢理机から引き離すと、額が赤く腫れた天津は下に座り込む。
「俺は……元々何一つヒット曲を作れない、しがないギタリストだったんだ」
天津は精神的に不安定になっているからか、悪魔の事なんて何も知らないと思われてるはずのわたしに過去の出来事を話し始めた。
「数百曲は作ったが、どこもこんな売れない奴の曲なんて相手にすらしなかった……それで田舎に帰ろうと駅に向かっているとき、あの廃れた小さな教会が目に入ったんだ──」
教会?
「吸い込まれるように中へ入ると、グレーのシスターの格好をした老婆が立っていた。そして老婆は俺を見るなりこう言ったんだ『今の世は貴方の才能に気付かない愚かな人間ばかり……しかし、これを着ければきっと力を貸してくれるでしょう』と……」
そう話す天津の視線の先に机に置かれた写真立てがある。
写真には『初ミリオン』と書かれた垂れ幕と嬉しそうにピースサインする天津が写っていて、首から黒い十字架のネックレスを提げていた。
「半信半疑だったが、俺はネックレスを受け取った。家に引き返して早速ギターを持つと、頭の中に次から次へと斬新なメロディーが浮かんだんだ……こんな感覚は初めてだった。夢中で作った曲を事務所へ持ってくと、以前は門前払いしてた人間が『試しに聴こう』とテープを手に取ってくれたんだ」
天津は当時のことを思い出してるのか笑みが浮かべる。
「それから出す曲出す曲全てがトントン拍子にヒットして、プロデューサーを始めたり、このヴィネーラプロダクションを立ち上げた。だが、そのうちやはり自分の実力だけで勝負したくなって、ひとグループだけ十字架の力を借りずに作ったんだ……」
「まさか、それ?」
「それがミスレクだ。だが10年経ってもヒットしなくて、やはり俺の力では売れなかったワケさ。悔しかったが、ここまで頑張ってきたメンバーのことが気の毒で、もう一度あの十字架の力を借りることにしたんだ……だが、久々に首から提げると、もう前のような次々頭に流れたメロディーが浮かばなくなっていた……」
天津は何もない壁を見つめる。
「そして、絶望に打ちひしがれてると『モウ一度アノ力ガ欲シイカ……』と声がしてきた」
もしかして、それがプリソンとエル?
「振り返るとあのでかいライオン頭の男と貴族みたいな男が立っていて、こう提言してきた……『オマエガ望メバ再ビアノ力ヲ授ケテヤロウ。シカシオマエモ人間タチヲ悪魔ニスル手助ケヲシロ』と、俺はすぐに力欲しさに即座に受け入れてしまった……」
話を聞いていて、何となく分かってきた。
恐らくあの教会にいたシスターがエルかプリソンで、その時点でもう天津に目を付けていたんだと。
「……奴らは、手始めに多くの人間を集めろと命令してきて、言われるがまま新メンバーオーディションを開いた。それが君と初めて会ったあのオーディションだ」
「え、あれが」
偶然わたしがレッスンの最中に入りこんでしまい、天津とマネージャーの香背にスカウトされ、加入するキッカケになったあのオーディションだ。
「目的は大量の人間たちの生気というものをレコードに入れる必要があるらしく、曲を毎晩作らされていた……奴らはその為に、夜間に残ってた事務所の人間たちを次々と襲っていった。その悲鳴を耳にして、俺はひどく怯えていた……だから俺も同罪なんだ。罪のない人たちがやられていたのに助けに行くこともしなかった……」
握り拳で天津は自分の頭を締め付ける。
だいぶ過去の行いを悔いているようで、わたしは無意識にその拳を掴んだ。
「天津さん、わたしに言ってくれたじゃないですか」
「え……?」
「こんな子が欲しかったって。わたし、それがスゴく嬉しくて、こんな自分なんかを求めてくれる人がいるんだ……って、だから、曲を、作るのやめないでください!」
天津は目を丸くした。
や、何、口走ってんだ……
恥ずかしくなってきて部屋から出ようとしたら、天津が机の横に立て掛けてあったギターを手に取った。
「ありがとう、日野」
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