第3章 テレビ局編
第30話 ─襲来─ 天使
マネージャーの香背から、夏に放送するドラマの撮影が来週から始まると連絡が来た。
「セリフ大丈夫?」
手前には座卓の上で開きっぱなしの台本がある。
「……も、もちろん。家で台本バッチリ見てますよ!」
「あーそれならいいんだ」
香背は安心した様子で電話を切った。
ヤバ、全然覚えてないや。
最近忙しくて、今から間に合うかな?
台本を手に取り、声に出しながらセリフを目で追ってるとデヴィーが呼び掛ける。
「オイッ」
「今ちょっと待って……えーと?」
「コノ方角ニ何カ不可思議ナエネルギーヲ感ジル。モシカスルト破片カ装飾品ガアルカモシレナイ。行ッテコイッ」
横目でテレビを見る。
画面には世界地図らしき図が映っていて、大西洋辺りにフロリダ半島、バミューダ諸島、プエルトリコと赤く線で結んだ三角形が記されていた。
「……えっ、海外!?」
思わず台本を落とした。
そんな遠く、人生で一度も行ったことないわ。
それに今ライブに撮影もあるし……
「仕事が一段落してからね……」
ひとまずそう伝えると、デヴィーは不満そうにテレビの中の地図を見つめた──
一週間後。ライブを終えた後、香背の運転する車でドラマの撮影現場に到着した。
挨拶するとスタッフたちに拍手で迎えられ、他の出演者はすでに撮影を進めているようだ。
ライブや歌番組でなかなかスケジュールが取れなかったわたしは、この日が初めての顔合わせで、共演者が人気アイドルやモデル、芸人、若手ベテランの女優、俳優と揃ってるのを今知った。
観たことある人ばっかり、スゴい……
メイクをしてもらい渡された制服に着替える。
家の居間を再現したセットに入ると撮影が始まった。
「もー、こんな時間急がないとー」
セリフを言いながら学生カバンを肩に掛けた。
モニター前に座ってる監督はわたしの演技に納得いかないのか横に首を傾ける。
「はーい、もう一回」
同じセリフと行動をするよう指示された。
十数回繰り返すと監督がイスから立ち上がる。
「うぅん、ちょっと休憩挟もうかー」
監督はスタッフを引き連れ、別のシーンを撮りに行った。
演技ダメだったのかな……
隣を覗くと教室を切り取ったようなセットがある。
そこで演技していたのは、どこにでも居そうなショートカットの高校生ぐらいの少女。
シリアスなシーンなのか少女は涙目で叫ぶ。
「もーいい!!」
少女は教室の窓から飛び出そうとする。
え、このドラマにこんなシーンあったっけ?
台本をパラパラめくると「カットー!」と監督の叫ぶ声がした。
少女は下りてくると監督から褒められ笑顔でスタッフたちに頭を下げる。
どうやら会話を聞いてるとさっきのは少女のアドリブのようだ。
その光景を若干羨ましく思いつつ眺めてると隣に誰か来た。
「あの女なんかヤバい気がすんのよねぇ」
横を向くと、腕を組んでるシオリが立っていた。
シオリもバーターで、クラスメイトの一人としてこのドラマに参加している。
「何がヤバいの?」
「え、アンタ知らないの? 情報おっそいわねー。あの子はこの秋デビューするグラトラ、通称GTっていうグループの一人なの!」
グラトラ? GT?
何だ、それ?
シオリが肩を下ろしてため息をつく。
「はぁ……Tスクやグラクロも解散、セイラさんも休業しちゃうし、一体ウチの事務所どうなっちゃうんだろー」
Tスクとグラクロというのはいずれも同じ事務所の先輩グループ。
かつては見ない日はないというほど活動していたが、天津がミスレクを推し始めたことで人気が移り今月で解散に。
セイラは唯一のソロアイドルで事務所の看板的存在、合格発表の時わたしを案内してくれた人物でもある。
そんなセイラも今月から理由も告げられず休業状態になっている。
あんな元気だったのにどうしたんだろう……
シオリとセットの横で突っ立っているとスタッフに「
慌てて自分たちの持ち場に戻る。
わたしも、さっきの子みたいにアドリブをかますぐらいやってやろう!
心を入れ替えてると、スタジオの奥から女性スタッフの叫び声がした。
「キャーーーー!」
何事かとわたしやその場にいる役者やスタッフ、監督がスタジオの奥を一点に見ると、そこに一頭の白馬がパカパカ歩いてきた。
う、馬?
なんでこんなとこに?
よく見ると白馬の目は青白く、頭の中央には鋭く尖った長い角が生えている。
白馬は前足を上げ、鳴き声をあげると角をこちらへ向けて突進してきた。
「ヒヒッーーーーーン!!」
周りの人たちと出口へ逃げようと夢中で走ると、白馬の角の先端からジグザグに青い光線が出る。
光線が当たった人たちは全身が石のようになり固まった。
あの光線を浴びると石になるの!?
白馬はスタジオ中を暴れ回る。
辺り構わず光線をランダムに撃っているうちに、セットの中にある机の陰に隠れた。
何なのあの馬は。
天津さんに憑いてたプリソンはもういないし、エルは連れ去られたけど改心したはず……
ってことはベシュテル?
とりあえずポケットからスマホを取り出すと、画面にあぐらをかいて座るデヴィーが映ってる。
「たいへんデヴィー! 撮影現場にいきなり変な白い馬が来て!」
スマホの画面を前に向け、光線を乱れ撃ちしてる白馬へ見せる。
「ウム。ソイツハ天界ニ棲ムサブナスタルダナ」
「サ、ブ、ナ……な、なんでそんな馬が人間界に?」
「フッ……ベシュテルガ本格的ニ動キ出シタッテコトダロウ。手下ダッタプリソンヤエルガ使エナクナッタ今。本人直々ニッテワケサ」
仮にも天使のリーダーなのに、そんな悪魔みたいなこと……
うずくまっていた前の机にサブナスタルが突進してきた。
衝撃で、わたしはセットの壁を突き破って小道具やケーブルが沢山ある裏方へ飛ばされた。
……いたたた。
腕をさすって起き上がると、鼻息の荒いサブナスタルは片方の前足を前後に床を蹴る。
そびえ立つ角をこちらに傾け、向かってくると同時に呪文を唱えた。
「アダマスルークス!」
指先から白い光線が前方へ放たれる。
だが、サブナスタルは首を回して角で光線を跳ね返した。
えぇっ!? 指輪が効かなかった……!?
サブナスタルは再び突進してこようとする。
咄嗟にピンクの留め具が付いたスカーフを取り出し前へ伸ばした。
スカーフは角と胴体に巻き付き、サブナスタルは激しく上下に暴れる。
プリソンの時みたいに煙に変化しない……
もう一度呪文を唱えてみようとすると、目の前にシュッと素早く風が通り過ぎる。
顔を上げるとひかると百合亜が立っていた。
「さっきデヴィーがアタシのスマホに来て。慌てて百合亜連れて飛んできたよ!」
え、デヴィーが?
いつの間に連絡してくれてたんだ。
スマホの画面は暗くなってる。
「実はさっき、呪文を唱えたんだけど跳ね返されちゃって……」
指輪の攻撃が効かなかったことを伝えると百合亜が提案してきた。
「じゃあ、三人同時にすれば倒せるかも」
三人で同時にサブナスタルへ攻撃をする。
呪文を唱え指輪から放たれた白い光とひかるが蹴り上げた赤い炎、百合亜が両手から現した青い水流が混ざり合うと一つのエネルギー体に変化した。
スカーフに包まれ暴れるサブナスタルへそのエネルギー体が直撃する。
まばゆい光が弾け、手元にスカーフが戻ってくるとサブナスタルの姿はなくなり白い羽根が舞い落ちてきた。
あれは天使の羽根。
やっぱりあの馬は天界に棲んでいるもの……
もしかしたらベシュテル、今度は天使を使ってくる気?
後ろからひかるの声がする。
「ねー! コレどーするー? アタシはこのまんまでも別にいーんだけどさー」
ひかるがコンコンと石になったシオリの頭を叩いてる。
百合亜は苦笑いしながら近付く。
「もぅ……でも他の人たちもみんな石になっているし、戻す方法があればいいんだけどね……」
百合亜が顔に手を触れると、胸元のポケットから青いハエの悪魔ベルゼブが出てきた。
「アリマスゾ」
「え、一体どんな方法なの」
百合亜が訊ねると、ベルゼブはわたしの方へ飛んできて指輪の上にとまる。
「コノ指輪デ浄化スレバイイノデス」
「え、この指輪で?」
ベルゼブに指示され、指輪を石化したシオリへ傾けると白い光が現れる。
光が表面の石に差すと焼けるように煙になっていき、元の体へ戻っていく。
へぇ、こんな力もあったのか。
同じように他に石化された監督たちにも向けていって、みんな元の状態に戻した──
翌朝。ワイドショーで夏のドラマ特集が放送されていた。
『この夏イチオシの学園ドラマは人気アイドルグループ、ミスレクの日野アリスさんが初主演を務める──』
あらすじを語るナレーションと、昨日何度もNGを出しながら何とか撮り終えた予告シーンが流れる。
昨日撮ったのがもうこんな風になるんだ。
なんか本当に女優になったみたい。
つたない演技が本格的なドラマにされ少し照れ臭く思ってると、画面に白い羽根のマークが映し出された。
『続いての話題は、新たに明星テレビから誕生した今年期待のアイドルグループです!』
どこかのコンサート会場が映る。
白い羽根が粉雪のように舞うと、全身白の衣装で統一された数十人の少女たちが登場した。
まるで天使のような少女たちはマイクを手にパフォーマンスする。
あれ、この子昨日の……
センターには昨日撮影現場で迫真の演技をしていた少女がダンスしていた。
そっか、これがシオリの言ってたGT。
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