第22話 ─天使─ 追憶

 風が吹き去ると黒煙が上がった。

 下には消滅しかけた槍だけが落ちていて、黒煙に化したのはモデウスの方だと分かる。


 エルは逃げたんだ……


 わたしとひかるを縛っていた鎖も消滅すると、エルたちがいた場所を眺めていた天使が振り向いた。

 人間とも悪魔とも違う、女神のような美貌と神々しい雰囲気に息を呑む。


 なんで、仮にも悪魔の力を借りてるわたしたちを天使が助けてくれたんだろ。


 神妙な面持ちでこちらにゆっくり歩み寄る天使を見ていたら、段々まぶたが重くなる。

 逆らえずにそのまま目を瞑ってしまうと視界は真っ暗になった──



 ハッとして、まぶたを開けると、周辺に雲みたいな水蒸気がふわふわ漂よっていた。

 左右に目を動かしながら足もとを見下ろすと、広大な自然豊かな森や川があり、鳥や動物たちの姿も見える。


 これは、夢?


 そうじゃないと青空の中一人浮いているのも、まるで楽園みたいな地上の光景も説明がつかない。


 すると頭上から声がした。


「──私の名はラビエル。貴女のことは前から見させてもらっていました」


 空が話してるように響くその声は、透き通るようで不思議とどこか聞き馴染みがあるようにも感じた。


 ラビエルってまさか、さっき助けてくれた天使の名前?


 心の中でそう呟くとラビエルはそれに答えるように話し出す。


「はい。実は、ここはかつての天界で、平和に自由に暮らしていました。あの出来事が起こるまでは……」


「あ、あの出来事?」


 目の前が青空から、天界の中心にそびえ立っている葉が輝く巨大な樹木に変わる。

 穴のある幹の中に自動的に進んでくと、厳重に鎖や鍵の掛かった門をすり抜け、七色のステンドグラスから木漏れ日が射し込むひらけた場所に辿り着いた。


 奥には、よく美術館とかで宝石を飾ったりするガラスケースが8つ置かれてる。


 あのケースの中の……

 もしかして装飾品?


 近くへ寄ると、割れる前の青く輝く指輪とペンダント、その他の装飾品が大切そうに飾られてある。

 いかにも高級そうだから大切に飾るのは理解できるけど、なぜ呪いの──とか物騒な名がつく装飾品が天界にあるのか不自然に思った。


 一つずつケースを覗いてると、鍵をガチャガチャ開ける音が聞こえた。


 振り向くと、黄色のワンピースを着た十代後半ぐらいの少年が走ってきてケースの前に立つ。

 背中には翼が生え、黒いくせ毛の上には金の輪っかがあることからたぶん天使だ。


 隣でガン見してても、天使らしきその少年はしきりに周りを気にするわりに、わたしのことは全く気にも留めない。

 どうやら見えてないようだ。

 服から束になった銀の鍵を取り出すとケースの鍵穴に差し込んだ。

 少年は解除されたケースを両手で開け、8つの装飾品を掴むと部屋から駆けていった。


「……ちょっ、ちょっと盗まれちゃった!」


 少年が出てった扉の方に手を伸ばしてると、再びラビエルの声がしてくる。


「彼の名はベシュテル。……彼がこの天界を魔界へ変えようとしている主犯なのです」


「ま、魔界に? どういうこと?」


 情報量が多くて頭の中がまだ整理できずにいたが、またしても別の場面に光景が変わる。

 最初にいた沢山の雲で囲まれた空の上だ。

 だけど離れた場所に、先ほどは居なかった数百人ぐらいの天使が輪になっていた。


 その中にはラビエルもいて、隣には一際目立つ天使の青年が上空を見上げている。

 黄金に輝く翼の下にブルーのマントが靡いて左手に盾、右手に炎を纏った剣を持っていた。

 近くに行きたいけど、ラビエルたちの前には太陽のような眩しい光が差していて直視できない。

 額に手をつけて日除け代わりにしてると、その光から突然空が揺れ動く大声が轟いた。


『怠けてる間に盗まれるとは! リーダーとしてあるまじき行為だっ!!』


 間近に雷が落ちたみたいな衝撃音に慌てて両手で耳を塞ぐ。

 顔を上げると、どうも怒られているのはあの目立つ天使の青年のようで拳を震わせながら俯いてる。


『次からは、悪魔たちに盗まれた装飾品を見事取り返した──お前が天使たちをまとめるのだ!』


 光から声がすると、輪になった天使たちの中から一人の少年が浮き上がる。


 ……あっ、さっき盗んでった子!?


 どういうわけか、装飾品を盗んだ天使の少年ベシュテルが、悪魔から取り返したヒーローみたいになっているようだった。


 あの目立つ天使の青年のもとから剣と盾、ブルーのマントが浮かぶと、ベシュテルのもとへ移動する。

 ベシュテルはそれらを纏うと満面の笑みを見せ、剥ぎ取られた天使の青年はどこかへ飛び去っていってしまった。


 もしかしてベシュテルは、あの目立つ天使からリーダーの座を奪うために……?


 そんな考えがよぎると、急に空が血のように赤く染まった。

 地上を見下ろすと、最初に見たあの美しい楽園のような光景が一面火の海になっていた。

 動物たちが暮らしていた森も川も炎に焼き尽くされ真っ赤になってる。


 なんでこんなことに。

 せっかくみんな平和に暮らしてたのに……


 呆然と眺めてると目の前に星屑が集まる。

 パッと光るとラビエルが現れた。


「この……地獄のような光景が現在の天界なのです」


「え、これが今の天界なの?」


「はい。火を放ったのは、先ほど見せた、リーダーから降格させられたミッシェルたちなのです」


 あの目立つ天使はミッシェルという名前らしい。


「あの天使がそんなことを?」


「ミッシェルは全てがベシュテルの企みだと後に気付き、周囲に無実を訴えたのですが、リーダーの務めであった大広間の門番を度々抜け出すなど、日頃の行いもあり聞く耳をもってもらえませんでした……それで汚名を着せられた怒りから、ミッシェルとその仲間二人で本当に自分たちで装飾品を奪うことにし、天界に火を放ったのです」


 そう語るラビエルの背後の離れた先に、灰色の雲の中をどんどん上がっていく影が見えた。

 翼のあるその影は三つあって、一つが先導しているように見える。


 もしかして、あれがラビエルが言ってたミッシェルたち。


 恐らく方向からして、あのスゴい怒鳴り声を出す光へ向かっている。

 ミッシェルたちの影が見えなくなり、光へ突入したんだと思った瞬間、空全体に青白い閃光が走った。


「ドンガラガッシャーーンッ!!」


 ガラス瓶を叩き割るような轟音が空から響き渡ると、小さな黒い物体が見えた。

 ここからは黒い粒みたいにしか見えないけど、後に続くように他に二つ落ちてくる。


 あの小さいものは一体……


「三人は、神に背いた罰として醜く恐ろしい悪魔に変えられ天界から追放されました。その際、ミッシェル、ファヌエル、アブルエルが放さなかった指輪とアンクレットとメガネ以外の装飾品は人間界に飛び散り、三人は各々別の星へ幽閉され、永久に外の世界に出ることを禁じられたのです」


 ラビエルがそう言うと、宇宙のような黒い空間に変わり、金色に光り輝く星と赤く燃えるような星、水色と灰色が混ざったような冷たい雰囲気の星が浮かんだ。


 天使が悪魔に変えられたなんて。


「ただし三人には解放される条件があり、それは千年に一度のこの星が地球に最も接近する事。もう一つは、ファヌエルが希望を失った人間に情熱を、アブルエルが人間界には無い知恵を欲してる人間に知恵を、ミッシェルが美に執着を持つ醜い人間に美貌を与える、という事でした」


 ラビエルは片方の耳に付けていた緑色の羽根がぶら下がるイヤリングを外すと、わたしの左耳にそっと付けた。


「コレ、もしかして装飾品?」


「そのイヤリングには、身に付けている者を守る力があります。きっと目覚めたら回復していることでしょう」


 ラビエルは最後に「ベシュテルの手に渡らないよう、残りの装飾品を三人で見つけ出して下さい……」と言い残し、宇宙の中に遠ざかっていった。


 悪魔にされた三人の天使とか、醜い人間に美幌を与えに……ってまさか、ミッシェルってデヴィーなの!?

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