第21話 ─天使─ ピンチ

 例年のごとく、部屋の窓から底冷えするようなすき間風が吹く季節になり、グループに年末の歌番組からオファーがきた。


 しかも各局から相次いでいて、恐らく先週発売されたわたしとひかると百合亜にとってのデビュー曲が、売り上げ50万枚を超えたのが要因だと考えられる。

 今どき相当な人気か、特典的なものがないと、いきなりそう売れるのは珍しいみたいで事務所の人たちはみんな喜んでいた。


 メンバーも同じで、休養していた睦とシオリは予定よりもだいぶ早く復帰し、歌番組の会見に間に合わせにきた。


「シオリさ~ん首大丈夫ですか~」


 会見後の楽屋で、シオリに猫なで声ですり寄っているのは新メンバーの長月さゆりだ。

 シオリはさゆりを見て嬉しそうに微笑む。


「長月ちゃんだけよー。そんなこと言ってくれんの」


 さゆりはシオリの肩を揉みながらペロッと舌を出す。


 新メンバーの三期生は、前回のオーディションの最終審査に残った中から選ばれ中高生四人が加入した。

 常にツインテールをしてるさゆりは中二で愛嬌もあって、先ほどの通り先輩に可愛がられてる。

 この期の中では最年長の水無月アキは高一で、歌唱力が高く目鼻立ちがハッキリしてる。

 年下の梶ウヅキと肥後サツキは共に中一でまだ幼いけどダンスが得意。


 そんなメンバーに囲まれながら黙々と差し入れの弁当を食べていたけど、途中で箸を置いた。


「あれ、まだ残ってんじゃん」


 前の席で一緒に食べてるひかるが口をモゴモゴさせながらそう言った。


「うん……ちょっとお腹いっぱいでね」


「ふーん、そっかー」


 ひかるは箸を唐揚げに刺して一気に三つ頬張る。


 実はひかるにもデヴィーにもまだ伝えてないが、この前毒ガスらしき物を浴びせられてから、どうも調子が悪く日に日に食欲が進まなくなっているのだ。

 根拠はないけど、何となく口にしたら、あの予言が本当になってしまうんじゃないか、と恐れてる自分がいて言い出せずにいた。


 でもやっぱ……明らかに体おかしくなってきてるし、二人には伝えといたほうがいいよね。


 他のメンバーが帰ってたら打ち明けよう、そう心の中で思っていたら香背が楽屋に入ってきた。


「これから事務所で新曲の説明あるから乗って」


 全員でバスに乗り、事務所に移動した。

 天津から新曲のデモテープを渡され、新たな振り付け師がダンス指導すると紹介される。

 疑問に思ったやよいが、以前いた振り付け師はどうしたのか訊ねると、天津は依願退職した、と一言告げた。


 ……え、オカシイ。

 あの振り付け師は、エルによって悪魔に変えられていて、やむを得ずわたしが指輪で消滅させたはず。


 天津がウソをついているのか、それとも他の誰かがそう吹き込んだのか……謎が深まる。

 話し合いが終わると天津が話し掛けてきた。


「日野、今度のシングルのことなんだが──


 天津はまたわたしをセンターにするらしく、次のシングルのコンセプトや衣装の事など色々聞いてきた。


「い、いいと思いますよ、次もそのポップな路線で……」


「う~ん。そーなんだが、ガラッとセクシー路線に変えるのもいい気がしてなー」


 時計に目をやると針は9時をさしていた。

 他のメンバーはとっくに帰り、天津の後ろの窓もすっかり暗くなってる。


 もうひかる帰っちゃったなぁ、まっ明日言えばいっか。


 天津ははじめに言ったポップ路線に決めたようで、やっと長話から解放された。


 ここの事務所は前に夜訪れたときも思ったけどどうも消灯時間が早いようで、もう通路の電気が消されてる。

 だけど、すぐにでも家に帰りたいわたしには好都合。

 テレポートをする際、見られてないかいちいち人目のつかない場所を探さなくてすむからだ。

 

 この通路でしちゃうことも出来るが、さすがに同じフロアに天津がいるから階段を下りた。

 一応念のため周りを見渡して、近くの段ボールが積まれた場所に隠れる。


 ここなら誰もいないし今がチャンス。


 ブレスレットを擦ろうと、手を添えたら突然ドキンッ! と心臓が針で刺されたような衝撃が走った。

 あまりの痛さにしゃがみこむ。


 まさか、あの毒ガスのせい……?


 手足が痺れて力が入らない。

 ブレスレットを擦ることができず、床に倒れると金属が擦れるような音が震動してくる。

 目線の先には突き当たりがあり、非常灯で赤く照らされてる。

 ボタボタ液体を滴り落とす巨大なシルエットが浮かぶと、そこの場から電気が点々とついてきた。


 明かりのすぐ下に付くぐらい巨大なそれは、上が太い二本の角が横から突き出た牛のような頭部で、下が鎧姿という怪物みたいな姿だった。

 手には槍を引き摺ってる。

 牛の怪物がその槍を振り上げようとしたら、火の玉が飛んできた。


 鎧に火が燃え移り、牛の怪物は「グゥモーーッ!」と鳴きながら慌てふためく。

 赤い靴を履いた、人の足が目の前に降りてくると、それはひかるだった。


「なんか変な感じだったから来てみたら、まさかこんな化け物といたなんてね」


 ひかるはわたしの異変に気付いていたようで、下の階で待ってくれていたらしい。


 地べたについた状態で打ち明ける。


「……ありがと。実はわたし、この前悪魔から毒ガスを受けてからずっと調子悪くて……」

 

 ひかるは、体が動かせない事を知ると起き上がらせる。


「今度からは、ちゃんと言ってよ!」


 笑顔でそう言ってわたしを背負う。

 そしてひかるが飛び立とうとしたら、カラカラカラカラと音がした。

 体を硬い物で縛られる感覚がして、怪物の方に目をやると手から鎖を伸ばしていた。


 ひかるが闇雲に鎖を揺らしたり、引っ張ったりするが、複雑に絡まっていてほどけない。


 ヤバい、こんなタイミングでエルが来たら……


 今だけは絶対来ないで、そう願っていたら、牛の怪物の背後に銀髪をさらさら靡かせるエルが立っていた。


 エルッ──!!


 エルは懐から剣を取り出す。


「モデウス。オマエハソッチノ威勢ノイイ女ヲレ。私ハコノ女ヲ始末スル」


 エルは突き当たりにいるが、わたしを一点に睨んでいるのはここからでも分かる。


 せめて指輪が使えれば。


 緊迫状態に陥れば陥るほど、エルは口角を上げ喜びに浸る。

 そして数歩だけ進むとエルは剣を構えた。


 こちらに向かおうとする、その光景をひかるとただ眺めていることしか出来ない。


 誰かたすけて!


 ひかるの背中に顔を沈めながらそう願った。


 すると、ビューンッと空気を切る音と共に風が吹いた。


「ワッ!」


 エルは剣を握りながら牛の怪物モデウスと一緒に突き当たりの壁に吹き飛んだ。

 階段の方に視線をずらすと、白い羽がひらひら舞い降りる空間の中に、一人の女性が宙から降り立った。


 純白のワンピースがそよ風でも吹いてるように揺れていて、背中まで伸びたキャラメル色の髪の上には金の輪っかが浮かんでる。

 それに、後ろにはエメラルドグリーンに輝く翼が生えていた。


「まさか、天使?」


 そう呟くと、天使はモデウスとエルの方へ手のひらを向け、さっき吹いた風と思われるグリーンに光る風を竜巻のように放出した。

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