第33話 ─伝説─ 海の怪物

 助けるにはどうすれば……

 せめてウェーヌに命令を下したカロルを倒したい。


 ゆったり翼をはためかせるカロルが空を仰ぐと、グレーの夜空に赤紫色の閃光が走った。


「ガッシャーーンッ!!」


 激しい音を立てながら雷が海へ落ち、真っ暗な海は大きく荒れ出す。

 数枚の板と扉ひとつしかない船は波に押されたが、イヤリングが発する光のバリアのおかげで傾きそうになる程度でどうにか保てた。


「見て!」


 驚いた顔で百合亜がそう言い、波が押し寄せてくる方へ首を傾けると、遠く離れた海上にとてつもなく巨大な黒い影が見えた。


 あれは……?


 雲が流れ、垣間みえた月明かりが照らしたのその姿は、金色の眼をギラギラ光らせ、胴体が大蛇のようにくねらせた巨大な怪物だった。


「やれ、リヴィヤン!」


 カロルがわたしたちを指差す。

 怪物リヴィヤンは空へ赤い炎を吹き、金属みたいな鳴き声を海へ轟かせた。


「キィォーーーーーンッ!!」


 口を全開に開けると海水を飲み込みながら全速力でこっちに迫ってくる。


「ちょ、ちょっと、どーするデヴィー!?」


 パニックになりながらそう訊くと、隣で浮いてるスマホの中でデヴィーは渋い表情をしている。


 リヴィヤンの方へどんどん船が引き寄せられていくと、デヴィーがやっと口を開いた。


「……奴ニ喰ワレルシカナイ」


 波しぶきが高層マンションの外壁並みに立ちはだかり、太くて巨大な鋭い歯が現れた。


 ウソでしょ……!?


 わたしたちは船ごと真っ黒なリヴィヤンの口の中に飲み込まれた。


「わぁーーーーーっ!!」


 叫びながら残された後ろの扉に掴まった。

 ジェットコースターみたいに激しく揺さぶられ、押してくる波に耐える。


 しばらくすると徐々に揺れが収まり、音が静まると百合亜が話し掛けてきた。


「アリスちゃん、アリスちゃん」


「……へぇ?」


 ボッと火の灯る音がすると辺りが少し明るくなる。

 ひかるのスマホが百合亜の隣で浮いており、ゼファンが画面の中から火を点けてくれたようだ。


「大丈夫。私たちはそのイヤリングに守られているから」


 冷静にそう話す百合亜は、横になってるひかるの側から全く動いておらず正座していた。


 慌てふためいて悲鳴を上げる自分の声が蘇がえる。


「……はは、そ、そーだよね」


 頭をかきながら周りを見回した。

 リヴィヤンの口の中は全体がピンクがかっていて、横や上にはビッシリ折り重なる尖った歯がある。

 歯はわたしの背丈とさほど変わらず、太さも元の姿のウエストぐらいありそうだ。


 下からデヴィーが正面に上がってくる。


「アノ歯デ喉奥ヲ突ケバ絶命スルハズダ」


「え、自分の歯で倒せるんだ……じゃ早速その歯をスカーフで」


 近くの歯に向かってスカーフを伸ばす。

 巻き付かせて力尽くに引っ張ると先端の部分が折れたが、ちょうど手に収まるサイズの尖った歯が手に入った。


 よし、この歯で! 

 でも喉奥って……


 少し離れた先に家ひとつ飲み込めそうな巨大空洞がある。

 入ってきた方向や歯並びの位置からして、恐らくあれがリヴィヤンの喉だ。


 具合の悪いひかるがいる船からバリアを解くわけにはいかないと思い、イヤリングを外してひかるの耳に付けた。


 リヴィヤンの歯を握り船から足を下ろす。

 すると、スタンッ! とダーツを打つような音がした。

 靴の先数ミリの所に茶色い羽根が刺さっていて、首を上げるとカロルがこちらを見ていた。


「そうはさせるか。装飾品を渡せ!」


 いつの間にかカロルもリヴィヤンの口の中に侵入していたようだ。


 カロルは彫刻刀のように尖らせた棒状の羽根を前に突き出す。

 わたしを刺しに高く飛び上がると、カロルの足に水流がまとわりついた。


「今のうちに行って!」


 後ろにいた百合亜が水流を操り、足止めしてくれた。


「うん!」


 羽根と水が飛び散る中、リヴィヤンの喉へ夢中で走った。


 早く、早く歯を刺さないと。


 喉奥の前に辿り着くと、リヴィヤンの心臓の鼓動なのかドクドクという震動を感じる。

 一歩先はまっ逆さまに落ちてしまいそうな暗い空間が続いている。


 怖い……

 だけど、やらないとリヴィヤンを倒せない。


 頭上でリヴィヤンの歯をしっかり両手で固定して思いっ切りジャンプした。

 ブスッ、と喉の中央のに歯の先端が刺さったのが手に伝わる。


 や、やったー。


 刺さった歯に掴まり宙に浮いてるとリヴィヤンの体全体から地響きがした。


「ギグォーーーーーーーーンッ!!」


 地震のように揺れ動き、振り落とされないよう必死に歯にしがみつく。


 首を後ろに回すと、百合亜がピンと伸ばした羽根をカロルに向けられていた。


「よくも……このままでは僕が天使に戻ることが……」


 爪を噛みながらわたしと百合亜を睨んだ。

 そして、百合亜の胸に羽根を突き刺す構えをすると、火の玉がカロルにぶつかった。


 ……あの火の玉は。


 カロルは後ろに飛ばされ、翼と服に燃え移った火を消そうとアタフタする。


 船の方を見ようとしたら、スッと肌に風を切るような感覚がした。


 気付くと船の上に戻っていて、隣に目をやると百合亜の前にひかるが立ってる。


「な、なんで具合悪いんじゃ」


「アハハ、なんかわかんないけどさ、ちょっと休んでたら少し動けるようになったみたい」


 ひかるは笑って、わたしの手の中にイヤリングを渡した。


 バリアの張られた船からカロルを見てみると、消えない火を消そうと転がったり、歯に擦りつけたりしている。


「このままじゃ翼が……翼が……」


 火だるまになったカロルはそう言いながらウロウロ彷徨い、リヴィヤンの喉奥の前で足を踏み外した。

 

「わぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 カロルの叫び声が響くと喉奥が溶鉱炉みたいに赤くなった。


 まさか、火吹くんじゃ!?


 そうすると予想した通り、勢いよく燃えたぎったマグマのような炎が放射した。


 わたしたちは船ごと炎に押されリヴィヤンの口から飛び出た。

 青空が目に飛び込むと、息つく間もなく海の上に落ちる。


 体勢を戻して、リヴィヤンの方を見ると胴体をくねらせながら波を立てていた。


 少しするとリヴィヤンは海の中へ沈んでいき、ぶくぶく大量の泡が立ち始める。

 そして、その泡の中にキラキラ輝きを放つ菱形の青色の破片が浮かんだ。


 指輪の破片?


 破片は右手にはめてる指輪まで浮かんでくると宝石の中へ溶け込んだ。

 指輪を初めて見た時の鮮やかな青色にだいぶ近くなり、欠けてる箇所も上に数ミリあるぐらいでもう少しで埋まりそう。


 リヴィヤンは指輪に封印されてた悪魔だったのか……

 そのリヴィヤンを操ってたカロルもきっと、ベシュテルに天使に戻してやる、とか上手いこと言われて、ただ従っていただけなのかも……


 幽霊船の扉に貼られてた黄ばんだ天使の絵が思い浮かんだ──


 ひかるの傷はキレイさっぱりなくなり、体調も完全に回復。

 その後、三人で急いでホテルへテレポートして、何も知らないメンバーと残りの公演をパフォーマンスしに向かった。

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