第2章 アイドル事務所編

第11話 ─歌手─ 忍び寄る影

 施設で手に入れたこの紫のブレスレットにはどうやらテレポートする能力があるようだ。


 試行錯誤してるうちに、擦りながら場所をイメージするとその場所へ移動できるというのが分かり、あの時自分の部屋に着いたのは、常日頃からずーっと部屋にいたいと考えていたからだと思われる。


 こんな便利なアイテム、バンバン使って日本や海外の観光名所に行っちゃお! とか思ったけど……そもそもそんな行きたい場所が無かった。


 人がいなくてまったり落ち着く静かな場所とかだったらいいかな……


 結局それって自分の部屋ってことで、今日も座卓でうつ伏せになってると「ブゥウ~ン」とくすぐったくなる音が耳もとでした。

 顔を上げるとテレビの前や棚の付近をくるくる蚊が飛び回ってる。

 しょうがなく重い体を起こして、玄関に置いてある蚊取り線香とライターを取りに行った。


「ジュッ」


 持ってきたライターの火を点けると、いつもの如くテレビの中で番組チェックしてるデヴィーが振り返った。

 クンクンにおいを嗅ぐ犬のように辺りを気にしていて、たぶん蚊取り線香を知らない様子。


 教えてあげようと、煙の出てきた蚊取り線香をテレビに近付けると、デヴィーは顔色が青ざめ画面の枠から消えるほど飛び上がった。


「ハヤク消セーーー!!」

 

 テレビの中でドンドン飛び跳ね大暴れする。

 慌ててフゥー! と息を吹き、ボトッと灰が受け取り皿に落ちるとデヴィーは画面の端でぐったり倒れた。


 そんな騒ぐ……?

 もしかして、火苦手なのかな。


 また暴れださないよう、気を失ってるうちに蚊取り線香を持って階段を下りる。

 靴箱の横に戻して、ついでにトイレに行こうと廊下を通ったらリビングから騒がしい音楽が流れていた。


 覗いてみると、ママがテーブルで肘をつきながら何かのテレビ番組を観ていた。


『はいー! ミスティック・レクタングルのみんな素晴らしいステージありがとうございましたー!』


 テンション高めの司会者らしき男性がマイクを握って番組を進行してる。


『いやー天津さん。いよいよですねー!』


 カメラが司会者の隣に方向を変えると音楽プロデューサー天津の姿が映った。

 天津といえば、前に名刺を渡してくれた香背と共にわたしをスカウトしてくれた人物だ。


『これから生で合格者を発表しちゃいまーす! お見逃しなく!!』


 天津の顔がドアップになると番組はCMに入った。


 合格者ってちょっと……

 まさかこの前偶然出合わせた、あのオーディションの結果!?

 いま行かなかったら、辞退したことになっちゃったりして……


 一応天津に合格をもらってはいる。

 最近アイドルになりたいことを自覚するキッカケもあったし、何よりこんな偶然ギリギリテレビで知るなんて、もはや運命かもと真面目に思った。

 

 トイレへ駆け込み指輪とペンダントで姿を変える。


 んー、もう17歳ぐらいの美少女って設定でいいや!


 ブレスレットを擦りながら、とにかく天津オーディションの合格者たちの近く! と無理矢理に念じながらテレポートした。


 紫の光に包まれると、あっという間に狭いトイレから別の場所へ移動していた。

 非常階段の近くっぽいけど、床と壁がグレーの大理石で統一され、シンプルかつ高級感のある、わたしが今まで足を踏み入れたことのない空間だ。


 思わず目を奪われたけど今はそれどころじゃなく、多くの人が行き交う通路の方へ潜り込む。

 当てもなく十代ぐらいの女の子たちを探してると、数メートル先に小さな水溜まりほどのクネクネ動く黒い影が見えた。

 黒い影はスッと近くの部屋に入る。


 何だあれ……虫?

 

 通り過ぎる際、中を見てみるとそこはペットボトルや弁当が机の上に置かれた休憩室みたいな場所だった。


 隅の観葉植物に目を移すと鉢の下でさっきの黒い影が少しはみ出ている。

 見たことのない未知の生物に興味をそそられ、ちょっと確かめてみよう、そう思って中へ入ろうとしたら声を掛けられた。


「何をしてるの」

 

 ビクッとして後ろを振り向くと、十代後半か二十代ぐらいの女の子がひとり立っていた。

 フリルのついた薄いグリーンのワンピースを着て、天使の輪が浮かんだ腰まで伸びたキャラメルみたいな色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、ハーフモデル風の美少女だ。


 あまりの美しさと華やかなオーラに直視できないでいると、美少女は何かに納得したようにポンッと手を打った。


「あ、あなた! 今やってる番組の子ね!」


 美少女は「付いてきて!」と笑顔で言うとわたしの手を引っ張る。


 番組の関係者? 


 そのまま連れていかれると、徐々に観客の声と司会者のマイクで話す声が聞こえてきた。


「この先よ!」


 スタジオの入り口らしき場所に着くと、美少女は小さくガッツポーズして去っていった。


 わたしのこと、番組に遅れた合格者だと思ってここまで⋯⋯いい人。


 震える手で扉を触れ、スタジオ裏の暗い道へ踏み出した。


「──これで合格者二名の自己紹介が終わりましたー! そして、今回皆の先輩にあたるあのアイドルがお祝いに駆けつけてくれましたー!!」


「みんなおめでとー!」


 出演者の声や観客の拍手、ポップな曲が耳に響いてくる中、積み重なってる小道具や照明器具の間を通ると木材でできた階段があった。


 これを上ったら、もうテレビで観たあの場所だ……


 階段に足を乗せ、一歩ずつ照明の明かりが漏れてるステージへ向かって上る。


「あのー実はですねー。私さっきもう一人の合格者を連れてきたんですよ!」 


「えぇっ!? もうひとり? 僕司会だけど聞いてないよ⋯⋯天津さんはご存じで?」


「いや⋯⋯ただ、もう一人、来てほしかった合格者がいるのは本当です!」


 天津の声と同時についにステージへ上がると、バンッと眩しい複数のスポットライトとカメラを向けられた。


 そして『きゃーーーーー!!』『ワァーーーーー!!』と鼓膜が破れるんじゃないかというほどの歓声を浴びた。


 見たことも感じたことも無い光景に、頭が真っ白になり棒のように突っ立ってると誰かが寄ってくる。


「おめでとー!!」


 マイクを手渡され、顔を上げると度肝を抜かれた。

 その人物はさっきスタジオまで案内してくれたあの美少女だ。


 な、なんで、さっきのハーフモデル風美少女が……


「私、東風はるかぜセイラっていうの。よろしくね!」


 そう言って、カメラにセイラがウインクするとキャー! と嬉しそうなファンの悲鳴が上がる。

 

 こんな可愛くて、キレイなんだからそりゃアイドルでもオカシクないか……と腑に落ちてると司会者がマイクを近付けてきた。


「では自己紹介お願いします!」


「え、あ、はい、日野あ⋯⋯」


 つい本名を口にしそうになったけど、どうせなら芸名にしようと思った。


「日野あ……あ、あっ、アリス! 17歳です」


 思いつきだから一文字しか変えられなかったけど、なんとかまぁ芸名が決まった。

 観客が拍手をしだしてスタッフや出演者たちも拍手する。


「衝撃の登場をした美少女、アリスちゃんを加えたこのメンバーに決定しましたー!! 天津さんいかがですか?」


 天津とグループのメンバーたちがわたしや他の合格者のいる中央に移動してくる。


「いやー、てっきり断られたもんだって思ってたんで青天の霹靂ですよー! ホント! ただ今いるメンバー3人に、この3人が加わってどんな相乗効果もたらすのかワクワクしますね!」


 ステージ下にいるスタッフが、文字の書かれたスケッチブックを司会者へ向ける。


「そーですねー! あ、それじゃ最後に天津さんから視聴者の方にメッセージを!」


「はい。これからミスレクはどんどんパワーアップしていきます! それじゃみんなで」


 声を合わせ『ミスティック・レクタングルの応援宜しくお願いしまーす!!』と締めのセリフをグループ全員で言うと生放送は終わった。

 観客がスタジオから出ていきだし、わたしは他の出演者たちと一緒にステージから下りる。

 取材で集まった記者たちに囲まれた。


「新メンバーの子たち、一人ずつ今後の目標を!」


 なんて答えていいのか、手足をソワソワさせて軽くパニック状態に陥ってると、両隣の二人はすぐにコメントした。


「私は歌が好きなので歌唱力をもっと究めたいです」


「アタシは、どっちかつーとダンスが好きだからそれが磨ければなーって」


 優等生っぽい子とギャルっぽいこの二人は、見るからにわたしより10こは下だと思うけどしっかり自分の意見を語っていた。


 わたしも何か言わなきゃ……


 焦れば焦るほど何にも浮かばずにいると、しびれを切らしたのか記者が提案してくる。


「アリスちゃんはもしかして⋯⋯センター目指したいんじゃない?」


 そんなに……って少し気が引けたけど他に思いつかないし、うん、と首を縦に振った。

 すると、ピリッと凍りついた空気を一瞬肌で感じた気がしたが、質問は違うメンバーに移った。


 そうして取材は終わり、天津とスーツ姿の男性が近付いてくる。


「来てくれたんだね」


 そう嬉しそうな表情で話すスーツ姿の男性は香背だ。


「は、発表、今日って知らなくて、慌てて飛んできて⋯⋯」


 事情を説明すると天津がわたしの肩に手を置く。


「そりゃ、17じゃこれからの人生に関わる事だしムリも無いわな。ま、これからの事はマネージャーの香背くんに聞いてね」


 天津はわたしが遅れてきた理由がだいぶ思い悩んでいたからだと思ったのか、ウンウン深く頷きながらスタジオを出ていった。

 香背はバックから書類を取り出す。


「それで契約の事なんだけど、お母さん今日一緒に来てる? 来てないなら後日お家に⋯⋯」


 お、おうち!? 

 それは、ちょっと……ママにこれまでの経緯を言うわけには⋯⋯


 首の下に手を添えて考えてると腕にペンダントの結晶があたる。


 あ、そっか、年齢を上にすれば母親のふりできるかも。


 香背に「トイレに母が居ると思います」と呼びに行く娘を装い、大急ぎでトイレの個室へ向かった。

 五十歳になりたい、とイメージする母親像をペンダントに念じ、オバサンになった姿で香背のもとへ行く。

 

「どうも⋯⋯」


「あ、お母さまですか。それでは早速なんですけど契約の──」


 香背は全く疑わず、渡された契約書も読んでもよく分からないからとにかくサインをした。

 そして香背と連絡先を交換して、明日事務所に打ち合わせしに行くことになった。

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