第12話 ─歌手─ メンバー

 寝ぼけ眼を擦りながらリビングに行くと、テレビで昨日のインタビューの様子が放送していた。


『続いて、新メンバーの日野アリスさんが記者からセンターを狙うか聞かれるとぉ!』


 アナウンサーが興味を引くように話すと、緊張で震えてるわたしの姿が映る。


『アゴを強く引いて『……うん』とまさかの強気宣言!』


 その言葉を聞いてテレビの前で固まった。

 ただ頷いてただけなんだけど、何だか上手い具合に震えてるのもやる気が抑えられずにいる新人みたいに映ってる。


 これからはマスコミの対応には気を付けよう……そう肝に銘じてると、ママが洗濯カゴを持ちながら歩いてきた。


「この子登場から違ってたもんねー」


 昨日番組を観てたのは知ってたけど、わたしが出演した部分もしっかり観ていたようだ。

 

「今朝のワイドショーもスポーツ紙もこの子ばっかり。嫉妬されちゃいそうね」


「ふふふ⋯⋯」


 苦笑いだけした。

 まさか隣にいる醜い娘が、こんな美少女に姿を変え持て囃されてるなんて夢にも思わないだろう。


 ママはカゴを置くと、テーブルにある卓上式の日めくりカレンダーをビリッとめくった。


「そういえば今日って、あそこ行く日?」


 ママはまだわたしが自立支援の施設に通ってると思っている。

 実はそこが悪魔が経営していて、今では既にビル自体がもぬけの殻なんて言えやしない……


「う、ん……昼ごろ」


 偶然だけど、事務所に行く予定を施設に通ってるていに装うことにした。


「ふーん」


 ママは何か言いたそうな表情をしたけれど昼にパートの仕事に出掛けた。

 それをいつも通り窓から見届けた後、わたしも姿を昨日と同じ美少女の姿に変えブレスレットでテレポートした──



 辿り着いたのは誰もいない角部屋の扉の前。

 名刺に書いてあった事務所の所在地をそのまま念じたけど、持ち主の気持ちを反映させてくれてるのかいつも人通りのない場所へ到着している。


 とりあえず広い通路に出て、香背がどこにいるのか探そうとすると、中央の扉から何人かの話し声が聞こえてきた。


 ここで打ち合わせしてんのかも。

 

 コンコンとノックするとすぐに扉が開いた。 

 出てきた香背に空いてる席まで背中を押され、長いテーブルの前に腰を下ろすと、囲むように天津とメンバーが座っていて壁側にカメラマンが立っていた。


 天津が背もたれに深く寄りかかる。


「これで全員揃ったな。で、早速デビュー曲について話したいんだけど⋯⋯日野がまだ皆のことも歌もダンスも何も知らない。まず名前教えてやってくれ」


 笑顔で頷いたり、気だるそうな表情を浮かべたりなどメンバーの反応は様々。


「じゃ私から! 私は如月シオリ、二十歳。2期メンバーよりは芸歴積んでるから何でも聞いてね!」


 そう一番に名乗り出て立ち上がったシオリは、腰の辺りまである黒髪ストレートが特徴的な美人。

 2期メンバーっていうのは今回合格したわたしたちのことだと思われる。


「藤田やよい19」


 座ったままぶっきらぼうに短い言葉で締めくくったやよいは取っ付きにくい印象だけど、ボブカットで一番正統派なアイドルらしい顔をしている。


安斉睦あんざいむつみ22。ちなみに私がリーダーだから」


 眉間にシワを寄せながらそう話した睦は茶髪のくせ毛でポニーテール。

 いかにもキツそうだけど座高からして一番体格は小柄そう。


「私は……西水百合亜にしみずゆりあ、高二⋯⋯」


 隣の席で俯く百合亜は、三つ編みのおさげ髪で青色のメガネを掛けた大人しい印象。


「アタシは北山ひかる。18。ヨロシク」


 もう片方の隣にいるひかるは、赤のメッシュが入ったショートカットでギャルっぽい感じ。


「わ、わたしは日野あ、アリスです。年はに……じゃなくて、じゅ、17です」


 所々詰まりながらも自己紹介を終えると天津が話を進める。


「デビュー曲はコレね。まだ仮だけど」


 差し出されたのは、仮のタイトルが記されたデモ音源の入ったCDとポータブルプレーヤー。


「日野はだいぶ遅れ取ってるから毎日練習しに来てね! 全員で来週レコーディングで合わせるから」


 ま、まいにち!!


 天津が席を立つと、収録が終わったのかカメラマンが下がり、メンバーも席を立ち始める。


 想定してたより結構パッパッとしてたけど、早く家に帰れるし、あーよかったー、なんて思ってたら香背が手招きしていた。


「写真撮り行くから準備して」


 当然だけどわたしだけまだ宣材写真撮っていないようで、専門のスタジオへ向かうことになった。

 香背の運転する車に乗り、小学生のときの修学旅行で乗ったバス以来の自動車だったが特に感動する間もなく目的地へ着く。


 シャッター音が響くスタジオへ入ると、香背はカメラマンとファイルを見ながらイメージや背景を話し合い、わたしは別室へ案内された。


 スタイリストに顔が隠れそうなほどのリボンが付いたピンクのシャツとチェック柄のスカートを渡され、カーテンで仕切られた場所で着替えるように指示される。

 姿は違うとはいえ、こんな歳でコレ……と少し小っ恥ずかしい気もしたけど、無事に着替え終わり、次は鏡の前でメイクをしてもらった。

 

 完成した姿でスタジオへ戻るとすぐに撮影が始まった。

 カメラマンの後ろで香背やメイクさん、スタイリストなどみんなが撮影を見ている。

 

「いいよ~、いいね~。次はちょ~っと斜めに傾けてみて~」

 

 最初はカクカクした不自然な動きを見せてしまったけど、カメラマンが何をしても褒めてくれるおかげで、少しずつ緊張がとけて口元に手をあてながら髪をかきあげてみたり、クルッとターンして床に伏せてみたりと思いつく限りのポーズができた。


 気付くと撮影は終わっており、パソコン画面に映し出された50カット以上ある写真をカメラマンたちと選別することに。

 中にはこんなポーズを!? と自分でも驚くものもあったけど、みんなが大きく頷いて意見が一致したのは普通に笑みを浮かべるシンプルな写真だった。


 こういう自然なのが一番いいのかもね。


 

 帰宅後、天津に渡された仮の曲を覚える為耳にイヤホンを入れて再生した。


「フ~ン、フフフン、フフ~ン」


 ノリのいい明るい感じの曲調でそれに合わせて鼻歌を歌ってると、テレビの隅でデヴィーが耳を塞いでうずくまっていた。


 んっ? もしかして具合わるいの?


 イヤホンを外してどうしたのか訊ねると、デヴィーはのそのそと起き上がり、迷惑そうな顔をしていた。


「ヒドイ歌ダ。聴クニ堪エラレン」


 そんなに? と思いつつ試しにスマホに向かって鼻歌を録音してみる。

 そして、再生ボタンを押すと……悔しいけど確かに音源とかなり音がずれていた。


 ……ま、まだ、さっき聴いたばっかりだから!

 か、仮に音痴だとしても、レッスンとかできっと改善できるはず!


 自分を無理矢理に奮い立たせ、そんなかすかな希望を抱いて眠った次の日。

 ボイトレとダンスレッスンを受ける為、香背と事務所内にあるレッスンスタジオへ向かった。


 ガラス張りのスタジオの中へ入ると、ピアノの前で会話してる先生らしき中年ぐらいの女性が二人いる。


 挨拶を交わすと手慣れた様子で取り掛かり始めた。


「じゃ、まず一番高い声出してみてー」


 先生はピアノを弾いていきなり「あーーーーー!」と自分が高音を出す。


「あ……あー~ー」


 真似をして声を振り絞ったら途中でひっくり返った。

 先生は気にも止めず次は低声を要求する。


「あ、あぁ⋯⋯」


 どっちにしても声が続かず苦笑いしてると、先生は何かスイッチでも入ったように顔が険しくなり、そばにきて背中とお腹を強く手で押さえてきた。


「デビューするんでしょ! プロ意識を持ちなさい!」


「は⋯⋯はい」

 

 歌唱指導は一時間に渡り、休む間もなく今度はダンスの指導を受けた。

 

 こっちでもいきなり「踊ってみて」としたこともない即興ダンスを求められ、膝を曲げたり両手を上げながら回転してみたり、自分なりのダンスを披露したけど、やはりダンスの先生にも呆れられる。


 歌もダンスも基礎から……というか、基礎以前から学ぶことになり、ひたすら練習に明け暮れるようになった。

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