第45話 ─卒業─ 炎に包まれたコンサート

 セイラたちが加入した次の日。

 どこからリークされたのか、ネットニュースでセイラが復帰すると大騒ぎになっていた。


 スポーツ紙や各局のテレビでもセイラが『ミスレクに電撃加入!!』と大々的に報じられ、事務所には取材のオファーが相次いだ。


 香背が笑顔でメディアの対応に追われる一方、セイラは鼻歌をうたってイスで寛いでいる。


 やっぱり、スゴい……

 スターは復帰しただけでこんなにオファー殺到させちゃうんだ。



 その後。セイラと共にグループで朝のワイドショーや昼の情報番組に出演したり、週刊誌のインタビューに応じると、何故か音楽番組のオファーまで舞い込んだ。

 しかも日が経つにつれ、売れなかった時代の曲も評価されはじめ、少しずつ表舞台に出られるようにもなった。


 香背からは、急遽会場を譲ってもらって久々にコンサート会場でパフォーマンスできるぞ、と言われ、後輩たちは無邪気に飛び上がってキャーキャー喜んだ。


 オカシイ……あまりにもラッキーな事が立て続けに起きすぎてる。

 まるで、何かを行き急いでるみたい……


 イスに腰を掛けて考え込んでると、側にいるあずみとリサの会話が聞こえてきた。


「リサたち本当にアイドルになったんだねー!」


「ねー! お金いっぱい稼いだら何に使おうかなー」


「あー、リサはねー。将来のために少し貯金してー、あとはママとパパとおばあちゃんとおじいちゃんに、バリアフリーがついた大っきな二世帯住宅の家買ってあげたいなー」


 幼い顔して、具体的なお金の使い道と親孝行のプランを考えていて驚いた。


 ……わたしも、中学の時から今までずっと引きこもって、ママにはずいぶん迷惑かけてきちゃったから、今まで貯めたお金で家買おうかな。



 帰宅後。積まれた新聞紙の間に挟まってる物件の折り込み広告を集めて、座卓の上に並べた。

 広告をめくると一つの物件が目に入る。


 へぇ、新築のマンションかぁ。


 最新の設備も整ってて、ベランダから富士山が一望できるのが売りだそう。

 今の家からは、アパートとか工場があって富士山は見えないから少し惹かれた。


 常に部屋の窓から四季折々の富士山が見れるなんて、なんか縁起よさそうだな。


 その家に引っ越した想像を膨らませると、背後から声がした。


「クッ。オマエハイツマデ延バスツモリダ」


 振り向くと夕陽が射す窓の外に、黒い影がカーテンの横側にはみ出ている。


 声から察するにデヴィーだ。

 きっと早くステッキを使え! とでも言いに来たんだろう。


「分かってるよ。早く決めなきゃって……」


 窓の横に背をもたれてそう話した。


 本当はこのままアイドルでいたい……

 だけど、デヴィーの言う通りズルズル延ばしても時間がただ過ぎていくだけだ、まずはミスレクをせめて卒業をちゃんとしたい。



 明日にまわすとまた延ばしてしまいそうだから、卒業の意思を伝えに、アリスの姿で香背のいる事務所へテレポートした。


 扉を開けると、日が暮れた室内で香背が頭を下げながら誰かと電話をしている。

 受話器を戻すと香背はこちらに首を傾けた。


「おっ、どーしたこんな遅くに」


「あ、あの……」


「そーだ、明後日やるヴィーナス会場、みんな張り切ってやるんだ、って明日早くからリハやるみたいだぞ! それと新曲も──」


 目をキラキラさせて嬉しそうに語る香背を見てたら、卒業したいなんて言い出せなかった。


「……な、なんでもないです!」


 早口でそう言って、慌てて事務所を飛び出した。


 香背には言えずじまいだったけれど、太白病院に行ってひかるには卒業の事を伝えた。


「香背さんには言えなかったんだけど、明日で卒業するつもり……」


「そっか……でも指輪が使えなくなっちゃうんじゃ仕方ないかぁ」


 車イスのひかるを押しながら百合亜の眠る病室の前に着く。


 わたし、明日のコンサートでミスレク卒業するね……


 ベッドの上で目を閉じる百合亜に心の中でそう話し掛けた──



 そして、卒業コンサート当日。

 朝から雲ひとつない快晴で、久し振りの大きな会場ということもあってチケットはすぐに売り切れたと、香背が楽屋で話した。


「初めての舞台で緊張してるメンバーもいると思うが、リーダーに引っ張ってもらえ」


 後輩たちは『ハイッ!』と返事すると、わたしの方を見て満面の笑みを見せる。


 リハーサルの時や本番前にも卒業する事を伝えられるタイミングは合ったけれど……結局、香背にも後輩たちにも伝えられず、舞台の幕が上がった。


 代表曲でもある曲のイントロが流れはじめると客席からファンの声がする。


『アリスー!!』『アリスちゃーん!!』


 歌いながら前を見渡すと、ピンクのペンライトやアリスと書かれた旗を振るお馴染みのファンをはじめ、大勢の老若男女のファンの姿があった。

 最前列の関係者席にはかつてのメンバーだった睦やシオリ、やよいが腕を組んで観ていて、アキなどさゆり以外の他の後輩メンバーも並んで座り合いの手を打っている。


 上の方に目をやると、最後列の角に車イスに乗ったひかると後ろで笑ってるエル、そして緑色の光に包まれた百合亜が観ていた。

 ひかると百合亜は笑顔で手を振り、たぶんラビエルかエルが連れてきてくれたんだと思われる。


 こんなに沢山の人たちが歌を聴きにきてくれるなんて。


 その後メドレーを披露して、後輩たちの自己紹介のコーナーなども挟んで会場は大いに盛り上がった。


 衣装を着替えて再びステージに上がると、予定していた曲とは違うメロディーがオルゴール調で聴こえてくる。


 なんで、この曲が……


 この曲は今日のセットリストに入っていなかった、わたしたちのデビュー曲だった。

 ひかると百合亜と一緒に歌った初めての曲で、いきなりセンターを任されたり、歌詞をド忘れしたりとか色々ほろ苦い思い出もあるけど大切な一曲。


「おめでとー!!」


 そう言って舞台袖から走ってきたのはセイラ。

 セイラはいつの間にかステージから抜け出していて、手に持った赤やピンクの薔薇が敷き詰められた花束をわたしに渡してきた。


 おめでとうって……

 セイラさん、わたしが今日で卒業するの知ってるの。


 セイラはマイクを握って観客の前に立つ。


「はい。実は、今日……アリスちゃん加入三周年目でーす!! パチパチパチパチ!!」


 そういう事か、と納得してると観客もセイラと同じように拍手する。


「はは、あ、ありがとうございます」


 花束を抱えながらお辞儀するとセイラが自分のマイクをわたしに向ける。


「それじゃこれまでを振り返って、ひとつ感想もらえるかな?」


 ……え、感想?

 いきなり言われても……


 セイラの無茶振りに困惑したけど、観客の人たちの顔を見てたら、おもったことをそのまま伝えようと思った。


「……わ、わたしは、プ、プロデューサーである天津さんと香背さんにスカウトされ、このミスレクに加入しました。最初は歌もダンスもド素人で、いつも先輩メンバーの足を引っ張って、叱られてばかりいました……」


 下に見える睦やシオリが口を曲げて笑っている。


「とってもキツクて、やっぱわたしには向いてないんじゃないかな……って何度も思いました。でも、またこうして、皆さんの前でパフォーマンスできて、あの時諦めなくて良かったんだ、って思うことができました。皆さん、今日はお越し下さってありがとうございました!」


 頭を下げると声援と拍手が会場に響き渡る。

 そして、再びデビュー曲のイントロが流れてきて、その曲をみんなで横に並んで歌った。

 最後に手を繋いで上へあげると、拍手と歓声が鳴りやまない。


 なんか本当の卒業コンサートみたいになっちゃった。

 偶然かもしれないけどセイラさんのおかげだね。



 舞台の幕が真ん中辺りまで幕が下がってくるのを眺めていた、その瞬間。


「ボァンッ!!」という爆発音と同時に女性の叫び声がした。


「キャーーー!!」


 幕が途中で緊急停止し、声のした方に視線を向けると左の出入り口と客席の間から赤く燃える火が見えた。

 火は息つく暇もなく一瞬でこの会場全体を覆い尽くすように燃え広がる。


『キャーー!!』『ワーーッ!!』


 パニックになった客席の人々が一斉に立ち上がって、我先にとばかりに反対側の出入口に向かって逃げる。


 どうして、火が!?


 火は勢いを増し凄いスピードで上段の客席や天井にまで延びていく。


 舞台袖からハンカチを口に押さえた香背が走ってきた。


「みんな! こっちから逃げるんだ!!」


 まだ火の手が迫ってない舞台裏の方から逃げるように言われ、後輩たちと香背のあとを追う。

 階段の手すりに掴まってステージから降りようとした時、後ろから声がした。


「たすけてー」


 それは明らかに子供の声。


 まさか、客席に取り残されてるの。


 いま手元にある装飾品は指輪とペンダントとステッキ……

 他のは楽屋に置いてあるけど、近くだったら助けられる!


 振り返ってステージに戻ろうとすると、後輩のアンナとまりんに呼び止められた。


「リーダー何してんですか!」


「早く避難しないと!」


 他の後輩たちも階段の下から不安な表情で見つめる。


「……客席に、助けを呼んでる子がいるの。わたしは絶対大丈夫、だから先行って!」


 後輩たちの制止を振り払ってステージに上がった。


 中央辺りまで走ると火が延びてきて、舞台裏へ繋がる通路に塞ぐように炎を纏った機材が倒れた。


 空中には大量の火の粉が舞う。


 ゴホッ、スゴい熱気……

 早く見つけ出さないと。


 咳払いしながら一面火の海になった無人の客席を見ると、火の勢いが弱いステージ下の端に、野球帽を被ってうずくまる小学生ぐらいの男の子が目に入った。


 ステージから降りて駆け寄ると男の子は泣きじゃくってる。


「もう大丈夫。一緒に逃げよう」


 手を差し出すと、ヒクヒクしゃっくりしながら男の子は首を縦に振って手を置いた。


 男の子の手をしっかり握り、反対側の出入り口に向かおうとすると、その出入り口の扉の非常口のライトの下に人が立っていた。


 黒のフードを深く被って下へ俯き、長袖長ズボンで手足と顔を露出しないようにしている。

 ただならぬ雰囲気に、男の子を背中の方に寄らせるとその人物はフードをめくった。


「……アァ」


 見上げたその顔は皮膚がピンクや白のまばらな色で、口元はつっぱっているのか上手く開いていない。

 だけど、真っ直ぐに睨む目は激しい憎悪の念でも抱いてるような鋭い眼光をしている。


 何者……

 まさか、悪魔なわけないよね……


 その怪しい人物は、カクカクした動きで背後からポリタンクを持ち上げる。


「……こぉ、ここで……燃え尽きろぉーっ!!」


 そう叫ぶと、ポリタンクの蓋を開け、わたしたちの方へ放り投げた。

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