第2話 ─美貌─ 悪魔
「⋯⋯い、いのち!?」
一瞬、何を言われたのか意味が分からなかった。
だけど、目の前に浮かんでるのは黒い悪魔。見た目からして明らかに人間じゃないし、本当に悪魔なら人間なんて取って食ってもオカシクないんじゃ……と恐怖が込み上げてきた。
不意をつき、慌てて窓に手を伸ばす。
すると部屋の電気が点滅し始めた。窓の外に目を移すと、チカチカ当たる電気の明かりの中、口をどんどん大きく開き、鋭く尖ったキバからヨダレを垂らす悪魔の姿が浮かび上がっていた。
あわわわ、ヤ、ヤバ!
獲物を捕らえるような凄まじい殺気に思わず固まってしまうと、悪魔は先ほどまでの穏やかな態度から豹変し飛び掛かってきた。
「ぎゃぁーーーーーーっ!!」
本気で殺しに来てるのが分かる凄い力で首を両手で掴まれると部屋の中へ押し倒される。
「グェッー、グェッ、グェッ、ハヤク命ヲワタセェーーッ!!」
息づかいが荒く興奮状態の悪魔はわたしの上で馬乗りになる。
うぅっ……苦しい……首に爪が食い込んでく。
段々視界が白く曇る。
指先や体の感覚も鈍くなってくると意識が遠くなり、どういうわけか走馬灯のように学生時代の記憶が蘇ってきた──
『クスクスッ』『キモッ』『ブス』『うっわ、コッチ見たっ』
わざと聞こえるように話す陰口や笑い声。黙って席に座ってるだけでクラスメートのあらゆる罵詈雑言が耳に入る。
数人の男子がわたしの机の横に掛けてある通学用カバンを取り上げると、教科書や筆箱を放り出して後ろから投げてくる。
「や、やめて⋯⋯」
か細い声で頭を手で守りながら必死に先生に目で助けを訴えるも、教科書をパラパラめくって見て見ぬふり。抵抗することも出来ず、我慢して痛みに耐えてると一人の女子が机の前にしゃがみ込んだ。
「フフッ、あんたってさー、こーんなほっそい目して、ホントに目見えてんの!?」
わざわざ親指と人差し指で米粒を掴むような仕草をして目の幅を示してくる。
「ホーント、よくこんなデブでブスなくせに学校来れるよねぇ」
いちいち、余計なお世話……
机に手をつき、顔を覗き込んでくる。
「──ねー、生きてて恥ずかしくないのぉ!? アハハハ!!」
え……
意地悪く高笑いするとクラス全員もつられて笑い出す。先生も黒板の方に顔を素早く向けたが、肩をガタガタ震わしているのをわたしは見逃さなかった。
だけど、こんな屈辱的な状況よりも何でかさっき言われたこの嫌味な女子の言葉が胸に突き刺さったのだ。
見た目の事でとやかく言われるこんな悪口、外に出れば日常茶飯事で言われ慣れていると思っていたのに、改めて真っ正面から言われるとやはりショックだった。
こんな醜い姿で、わたしは今まで学校へ行っていたのか⋯⋯と途端に自分の顔や体、存在全てが惨めで恥ずかくなってきて、居ても立っても居られず教室を飛び出した。
『プッ! アッハハハ!!』
クラスメートたちの笑い声が響く廊下を夢中で駆けていったのを最後に、そこから後の記憶は断片的にしか残ってない。そして、わたしが学校に足を踏み入れることはもう二度と無かった。いつも孤独で居るだけで皆からゴミのように見られ学生時代は地獄だった。
家でもママと揉めた⋯⋯でも泥だらけの制服と裸足で帰ってきたら何も言わず休ませてくれたっけ。
きっと今ごろ、みーんな、わたしのことなんて忘れて幸せな結婚生活やバリバリ働いて、楽しく人生過ごしてんだろうなぁ。
なんか、みんなの姿を想像してたら⋯⋯ムカムカして、はらわたが煮えくり返ってきた……
許せん。 わたしだけ、こんな悪魔にやられて惨めに死ぬなんて⋯⋯
「イヤーーーーーーーーッ!!」
叫びながら両目をカッと見開いた。
上半身が重く、手足がかろうじて少し動けるが目の前は真っ暗。顔にはハァ、ハァ生暖かい空気があたり液体が垂れてくる。頭頂部と顎には何か鋭利なものがあたってるのか少し痛い⋯⋯
もしかして、ここ、口の中……? わたし、悪魔に頭から呑み込まれてるの!?
目を凝らすと、かすかに真ん中で何かがピロピロ動いてるのが分かる。
本当にここが口の中なら、この動いてる物体は悪魔の舌かも? と気付いた。
開く限り口をあけ、舌らしき物体が口元に当たった瞬間、ガブッと思いっきり噛んだ。
「グワァーーーーッ!」
たちまちに悪魔は苦痛に満ちた叫び声を上げた。
わたしの体から飛び跳ねるように離れると悪魔は窓の下で口を抑える。
その内に起き上がろうと痺れる手を床につくと、悪魔は顔を上げた。
「キサマァ……」
悪魔はわたしを睨むと指を向け「ビシュンッ」と黒い光線を放った。
反射的にベッドと逆方向に転がり、ギリギリ運よくかわすと、布団にはポッカリ丸く空いた焼き焦げたような跡が出来ていた。
あ、あっぶなー、いきなり。
布団に出来た穴を見てるとドン! っと上から押さえ付けられるような衝撃を受けた。頭をさすりながら後ろを振り返ると、悪魔は座卓の前にあるテレビの方へそそくさと移動していた。
「待てーっ!」
何となくテレビの中へ片足突っ込む悪魔を見て、逃げようとしてるんだ、と勘づき、しっぽを掴んだ。
悪魔は毛を逆立てた猫のように驚き、手から何かを落とした。
「カラン、カラン、カランッ」と床を転がる音に気を取られると、悪魔は落とした事に気付いてないのか手を振り払い、わたしを突き倒す。
「わっ!」
バランスを崩して重たい巨体を勢いよくドスンと床へ落とした。
すると、尻もちをついた肉の下から「バリンッ」と何かが割れるような音が響いた。
え、何、なんの音?
嫌な予感がしながら片側の腰を上げてみるとひとつの指輪が転がっていた。
その指輪は金のリングに青い宝石、あの悪魔がわたしにはめた指輪だ。
だけど、リングの部分はなんとか大丈夫だったけど、宝石には雷のようなヒビが入り、周辺には砕け散った破片が散らばってる。
えぇ、わ、割っちゃった……ど、どーしよう?
いかにも高級品で、庶民のわたしには到底買えなさそうなあのデカイ指輪を割ってしまったってことでパニックになった。
塊や砂状になった宝石の破片を手で寄せ集め、どうにか元に戻せないか欠けた部分にはめようとしてるとテレビの方から視線を感じた。
悪魔が真っ黒なテレビ画面の中から両手を張り付け、目を大きく見開いていたのだ。
なんだか焦ってるような、血の気が引いてるというかなんとも言えない表情に不思議に思ってると突然手元から光が放たれた。
持っていた破片の塊や床に落ちてる砂が七色に光り出すと、空中に浮かび、シュンッと窓の外へ飛び出し、放射状に四方八方へ飛び散った。
な、なに、いまの? ど、どういうこと!? 生きてたの? え……
でも……さっきの流れ星みたいでキレイだったなぁ。
指輪を握りながら美しく輝く星空を眺めてると、背後から「バンッ! バンッ! バンッ!」と叩く音が体に振動してくる。
振り向くと、テレビの中でハムスターみたいに小さくなった悪魔? が画面に頭から体当たりしていた。
数分すると諦めたのか、目を瞑り腕を組んでなにやら考え込む。
パッと目を開くと鬼の形相でまくし立ててきた。
「オイッ! ドウシテクレル!!」
「え、えぇ⋯⋯?」
「オマエガ、宝石ヲ割ッタオカゲデ、コンナミスボラシイ姿ニ変エラレ、此処カラ出ラレナクナッテシマッタ!!」
そ、そんなこと言われても⋯⋯でも、たしかに、体のサイズ以外にも触覚や羽も小さくなってるし、悪魔っていうよりなんか虫みたい。
「ソレニ、太リスギダッ! 顎ガ、外レカケタワッ!」
見下ろすと太った手足にお腹、手で顔を触るといつもの膨れたほっぺた。途中で分かってはいたが、気を失った間にいつの間にか元の醜い姿に戻ったようだ。
それで、わたしを呑み込めなかったんだぁ、と納得してると、悪魔は胡座をかいて大きく鼻息を立てる。
「フーッ!! 指輪ニ封印サレテイタ悪魔ハ逃ゲ出シ、美貌ヲ与エルチカラヲ失ッタ。モウ、オマエハ二度ト綺麗ニナルコトハナイ!」
指輪に封印? 力を失った⋯⋯?
話が全然読めず率直に訊いてみた。
「よ、よくわかんないけど、指輪が割れたことで、もうさっきの姿にはなれなくなっちゃったってこと?」
悪魔は首を縦に振る。わたしは手の中の割ってしまった指輪を見つめた。
せっかく、あんなキレイな姿になれたのになぁ⋯⋯
下を向いてると悪魔が画面をノックをするように叩く。
「ん?」
「⋯⋯ヒトツ良イ方法ガアル」
興味津々でテレビの前に近寄る。
「な、なに、なに」
「ソレハナ。オマエガ──指輪ニ悪魔ヲ封ジ込メレバイイノサ」
少し沈黙してから口を開いた。
「⋯⋯わ、わたしが!?」
「ソウスレバ、オレハコノ窮屈ナ所カラ出ラレ、オマエハ綺麗ナ姿デイラレル」
キレイな姿⋯⋯
少し気持ちが揺れたが頭を振り冷静に自分に言い聞かせた。
だめだめ、よく考えたらまた上手いこと言って命を狙うかもしれない。
悪魔はそれを察知したのか追い討ちをかけてくる。
「コノママ醜イ姿デ今マデ通リ、惨メニ隠レ生キルノト、麗シイ姿デ華ヤカニ暮ラスノト、ドチラガ有意義ダロウナ? ククッ」
悪魔の囁きと学生時代の記憶が頭の中で何回もループする。
今まで通り、みじめに⋯⋯
何かかがプツッと切れた気がした。
人目を恐れて家の中で隠れて生きるのは、もーたくさん!!
「わ、わかった! やる!!」
座卓に両手をつき、前のめりに宣言すると悪魔は上目遣いで怪しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます