悪魔と醜いアイドル

pug

第1章 引きこもり編

第1話 ─美貌─ 指輪

 どうしてこんな醜いんだろ⋯⋯

 

 手鏡に映る自分の醜い顔と深夜のバラエティ番組で愛嬌振りまく若いアイドルの顔を見比べ、今日も憂鬱な気分に浸っていた。


 中一の時にキレイになるまで外に絶対出ない! って決めてから、スナック菓子ばっか食べてたのを酢昆布をおやつ代わりにしたり、部屋中をぐるぐる30分ぐらい早歩きして腕立て伏せや腹筋なんかもちょっとしてるのに、なぜか体は相撲取り並みに太ってく一方。


 なんでだ……ストレス? 髪はスカスカで地肌がチラホラ目立って目も肉で埋まりクマだらけ。近頃はもともと疲れやすかった体質も増して、28歳とはとても思えない疲れきった老婆みたいな容姿だ。


 はぁ⋯⋯


 こんな意味の無い自問自答、何回繰り返せば気が済むんだろう。あれからもう十数年も経ってるっていうのに⋯⋯


 そろそろ本気で整形! っていきたいとこだけど、パート働きのママが養ってくれてるこの家にそんな余裕は無い。



「あぁ、誰かキレイにしてーー!!」



 心の叫びが無意識に出た。


 このルーチンワークと化したいつもの事を終え、淡々とテレビを消してベッドのふとんをめくり寝る準備を整える。


 はぁ~あ、ねむい、ねむい。寝よ。



「コンッ、コンッ」



 丁度あくびしながら電気の紐を引っ張ろうとした時、その音はカーテンの閉まった窓から聞こえた。明らかに誰かが窓の外から拳でノックするような音だ。


 誰、こんな夜中に? しかも、ここ二階なのに……


 冷や汗を背中に流れるのを感じながら窓に近付いてみる。


「だ、だれっ?」


 問いかけたけど、音はピタリとやんだまま反応が無い。


 思いきってカーテンを開けてみた。だけど、暗闇の中ひときわ輝く金色の星が光ってるだけで誰もいない。


 気のせいかぁ。

 

 一応窓を開けて左右を確認してもみたけど外は街頭の灯りが点いてるだけ。


 きっと風でも吹いて音がしたんだろうと自分を安心させ、窓を閉めようと横を向いた瞬間「バサッ!!」と鳥の羽ばたくような音がし同時に目の前が暗くなった。


 だ、誰かいる⋯⋯


 唾をゴクッと飲み込み、視線をゆっくり前へずらす。そして、十数年振りに思わず絶叫した。



「きゃぁーーーーーーーっ!!」


 

 そこにはわたしと同じ165cmぐらいの背丈で、全身真っ黒で痩せ細った棒のような手足。口は耳まで裂け、鋭く赤い目と矢印みたいな鼻と触覚、後ろには尖ったしっぽとコウモリの羽? 


 まるで悪魔のような人型の物体が浮かんでいた。


 ぁ、あ、あ、あくまっ!?

 

 驚きのあまり固まって身動きを取れずにいると、悪魔は恐ろしい顔とは裏腹にハスキー声の明るい口調で語りだす。


「ヤァ! ありさ! オマエノ望ミヲ叶エニ来テヤッタ。オレノ名ハ、デヴィンシー。ヨロシク」 


 な、なんで、わたしの名前を!? 


 それに明らかに普通じゃない見た目で、望みを叶えにって⋯⋯


 本当に目の前に存在しているのか頭のてっぺんから足のつま先までジロジロ眺めてると、悪魔は目をギラつかせて手のひらを見せるように差し出してきた。


 なに、出せってこと?


 試しにそっと右手を前に出してみる。悪魔は素早く手を取り、金のリングに青く丸いダイヤみたいな宝石が付いた高そうな指輪をわたしの人差し指にはめた。そして、指が隠れるぐらい大きなその宝石の部分をカチッと右に一回まわした。


 わぁ、キレイ。


 って、なんですんなり入ったんだ? 指こんな太いのに⋯⋯?


 

「ククッ、コレヲ見テミロ」 



 悪魔はいつの間にか、ふちが金色の丸い鏡を手に持ってこっちに向けてる。


 きゃっ! 


 不意に映った自分の顔を反射的に腕で隠した。


 あれ、でもなんか今⋯⋯


 一瞬だったけど、いつもなら鏡いっぱいに映る巨大な顔が小さく見えた気がした。腕をゆっくり下ろしながら、鏡をもう一度見てみるとそこには、わたしとは似ても似つかない絶世の美女が映し出されていた。


 だ、だれっ? このキレイな人は?


 顔がわたしの三分の一ぐらい小さくて、目はパッチリ大きくブルーの瞳、高い鼻はスッと通っていて、艶のある金色の髪は胸の辺りまで伸びてクルッと巻いてある。


 色んな角度から覗いてみると手足もスラリと伸びて、八頭身はありそうなほどのスタイルだ。


 たぶん、おとぎ話のお姫様って実際いたらこんな感じなのかも。

 

 鏡を見続けてると不思議なことに気付いた。それは、美女の服装が上から下までわたしと全く同じ服装を着ているのだ。


 グレーのダボダボなズボンに、取れかけた猫のアップリケのついた色褪せたピンクのシャツ⋯⋯しかも、美女はこちらをジッと凝視したり、首を傾けたりと、わたしと全く同じ仕草をしている。

 

 まさか⋯⋯


 両手で自分の顔や体をひとつひとつ触りながら確認してみると、全ての姿かたち肌のキメ細かさまでもが鏡に映る絶世の美女に変化していた。


「……う、うそぉ!? こ、これが、わたし!?」


 口が開いたまま、髪の毛を引っ張ったりほっぺたをつねってみたが夢じゃなさそうだ。


 キレイになった姿に放心状態で突っ立ってると悪魔は誇らしげな表情でわたしを見下ろした。



「ヨカッタナァ、望ミハ叶ッタカ?」



 えっ、望みってこのことだったの。


 あ、もしかして、わたしが叫んだの聞いてたのかぁ?


「⋯⋯う、うん! ど、どうもありがとう」



 悪魔は上目遣いでニヤリと口を曲げる。



「ククッ、ソウカ。デハありさ、オマエノ⋯⋯」


「えっ?」



「命ヲモラオウ──」

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