第39話 ─一変─ 時空の歪み

 瞑った目を少しずつ開けると、馴染みのある座卓と出掛けたときのままめくれた布団が側にあった。


 無事にひかると百合亜、そして眠りについてるラビエルとエルとわたしの部屋へテレポートできていた。


 帰ってくるのはヴァラクの力借りなくてもできたんだ……


 ホッとして、デヴィーにラビエルとエルを救い出せたことを伝えようと首を傾けると、いつも座卓の奥に固定して置いてあるテレビが無くなっていた。

 

「無い……無い、どこっ!?」


 大好きなテレビが、しかもデヴィーが閉じ込められてるテレビが部屋中見回しても無くてパニックになった。


「落ち着いて、もしかしたらお母さんが別の部屋に移動したんじゃない?」


「え……」


 百合亜にそう言われ、居ても立っても居られず慌てて階段を下りる。

 リビングやお風呂、トイレまであらゆる部屋全部を確認しに行った。

 でもテレビはどこにも見当たらない。


 本当どこ行ったの、半日も経ってないうちに……


 台所で手をついて、何気なく裏庭に目を向けるとゴミ袋に囲まれたテレビがあった。


「なっ、なんであんなとこに!?」


 勝手口を開けて庭に出た。

 ゴミ袋をどかして、縁に付いた土を払う。


 誰がこんなヒドイこと……


 家にはわたしとママしかいないから、おのずと見当はつく……けど、ひとまずテレビを部屋に運んだ。


「見つかってよかったねテレビ」


 笑顔で安心してくた百合亜とひかるに、テレビが外に捨てられてたとは言えなかった。


「う、うん……」


 線を繋いで電源を入れる。

 テレビが点くとデヴィーが渋い表情で腕を組んでいた。


「よかったー、壊れて点かなかったらどうしようかと思っちゃった」


 デヴィーは横を向いて口を曲げる。


「ヴァラクハヤハリベシュテルノ手下ダッタカ……クッ」


 デヴィーは爪を噛んで、わたしの後ろの窓に視線を向けた。

 窓の外には桜の木が小さく見えていて、咲いてるピンクの花に緑の葉が混ざっており、満開の時期をすでに過ぎてるように見える。

 

 ちょっと待ってこの光景……

 今は10月なはず、なんでこんな季節外れの桜が?


「ヴァラクガ時空ニ歪ミガショウジサセタンダ」


「じ、時空に歪み?」


「邪魔者ガ居ナクナッタ隙ニ人間界ノ時空ヲ速メ仲間ヲ送リ込ムトイッタ魂胆ダッタンダロウ……」

 

 デヴィーはテレビの隅をドンッと蹴った。


 恐らく、デヴィーはヴァラクの元へ行きたかったんだろうけど、テレビの電源が消されて移動出来なかったのかもしれない。


 そして、今はたぶん4月ってことだから……知らない間にわたしは三十路を迎えたようだ。


 貴重な二十代最後の年を早送りされたみたいで、デヴィーと同じく怒りが込み上げてきた。


「……えー! ウソだろ!」


 急に声を上げたひかるが自分のスマホをわたしと百合亜に向ける。

 画面には『音楽プロデューサー天津緊急搬送!!』『意識不明の重体か!?』と天津の顔写真と一緒にネットニュースのサイトに掲載されていた。


 あ、天津さんが……


 悪魔から解放され、やっと自分で音楽を一から作り直そうと元気になった天津が、そんな事になってるなんて信じられなかった。


「天津さんの事もビックリなんだけど、こっちも結構……」


 ひかるが画面を指でスライドさせると『ミスレク相次ぐスキャンダル!!』『ミスレク解散か!?』と文字が躍っていた。

 下に目を移すと『GT涙のCD大賞!』『GTシングル売上、歴代女性グループまたしても更新!』とGTはわたしたちミスレクと対照的な話題になっている。

 画像にはトロフィーを抱えて、笑みがこぼれるティエルが写っていた。


 スキャンダルって何があったんだろう?

 それに、GTにティエル、この歪んだ時空で絶好調なんてますます怪しすぎる……


「とにかく、これを企んだヴァラクを倒しに行けば何か変わるかも」


 ラビエルとエルを部屋に寝かせたままにして、ヴァラクの潜む明星テレビへテレポートした──



 最上階の部屋に辿り着き、扉を開けるとヴァラクはワイングラスを片手に街を眺めていた。


「気が付いたようだね。そうだよ。君たちの思ってる通りさ」


 そう語りながらヴァラクが振り返ると風が吹いて姿が変わった。

 スーツ姿から幼い丸裸の天使になり、双首に枝分かれしたトカゲのような頭をもつ奇妙な魔物に跨がっている。


 この姿、デヴィーがテレビに映したあの絵の天使。


「お前たちが大人しく装飾品を渡さないのも承知済みだ。だから処分してから返してもらおう」


 ヴァラクは跨がる双首の魔物の口からドス黒い炎の塊を発射させた。


「ボォンッ!」


 攻撃をかわして、指輪で反撃しようとしたら腕がビクともしなかった。

 見ると蔓みたいな物が腕を引っ張っていて、瞬く間に全身をグルグルに縛られる。


「うふふ。この女がどーなってもいいの?」


 扉の方に振り向くとティエルが笑いながら立っており、指先から出してる蔓でわたしを拘束している。


 ティエル……

 あの幻覚みたときから、違和感あったけどやっぱりベシュテルの一味だったんだ。


 ヴァラクに攻撃しようとしていたひかると百合亜は渋々手を下ろす。

 床から続々と十数人の女が湧いてきて、その姿を見ると全員がトレードマークの白の衣装を纏ったGTのメンバーだった。


 ヴァラクは人差し指を立て、上に黒いレコードを現す。


「この曲で人間たちを救うのだ。いずれ国民全体、いや地球全体をベシュテル様の理想の世界に変わるだろう」


 ヴァラクがベシュテルにどう言いくるめられたかは定かじゃないけど、その黒く光るレコードは前に悪に染まってたエルが人間を悪魔に変えようとした際のもの。


 ヴァラクが爪の先でレコードを回し始めると、バーンッと突然ガラス張りの窓が吹き飛んだ。


 GTの女たちの叫び声がする中、目を開けると緑色の風が吹いていて「スパンッ! スパンッ!」と連続で切れ味のいい刃物の音がした。


「ぎやぁーーーーーー!!」


 ヴァラクの苦痛に満ちた叫び声がする。

 目の前に魔物の頭がゴロッと転がり、上を見るとヴァラクの胸に銀色に光る剣が突き刺さっていた。


 その剣を握っていたのは白いマントを靡かせたエル。

 後ろにはラビエルも立っていて、ヴァラクは白い霧になって消滅した。

 ティエルたちも危険を感じたのかいつの間にか姿を消していた。


「二人とももう大丈夫なの」


 ひかると百合亜と近くに寄ると、ラビエルとエルは笑顔で首を振った。


「長い間休んでいたから大丈夫、ありがとう」


「私たちもこれからは共に戦うよ」


 ラビエルとエルはそう言って、窓から飛び立っていった。

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