第18話 ─雨水─ 初イベント
今日は朝からグループのミュージックビデオとジャケット撮影を行っていた。
初めてってこともあってダンスシーンを撮ってる最中、振り付けを間違えたり、他のメンバーの立ち位置に移動してしまったりと結構ミスをしてしまった……けど何度も撮り直してもらいなんとか形にできた。
はぁ……
ミュージックビデオできたのはいいんだけど、楽屋もどりたくないなぁ……
実は、さっき立ち位置を間違えてしまったっていうのがシオリが本来いる位置で、その際肩が少しぶつかってしまったのだ。
撮影中は別に何も言われなかったけど、シオリにはただでさえ目をつけられてるから楽屋に戻ったら何を言われるやら。
鬱々とした気持ちで楽屋の扉を開けた。
中にはテーブルの前で睦とシオリとやよいが座っていて、壁際に百合亜が俯いて立ってる。
百合亜の様子から重い雰囲気を感じとると、シオリがギィーッとイスを勢いよく引いた。
「あんた! さっきわざと肩ぶつけてきたでしょ」
シオリがアゴを上げながら正面に来る。
「わ、わざとじゃ……ちゃんと立ち位置確認したんだけど、なぜか本番で……」
睦が口紅を塗りながら百合亜の方に顔を向けた。
「西水、アンタ後ろいたから見てたよねー?」
百合亜の位置から見て、前の両端で踊っていたのがシオリとわたしだった。
クマのキーホルダーが付いたリュックを胸に締めつけ百合亜は困惑する表情を浮かべる。
「西水、どっちがぶつかってきたかわかるよねー?」
シオリが百合亜の前に近付く。
「わ、私が見たのは⋯⋯」
百合亜が話し始めるとシオリはわたしを見てほくそ笑む。
「ア、アリスちゃんが、踊ってたとき、シオリさんが、寄っていって肩をぶつかりにいってました⋯⋯」
シオリは思うように事が運ばなかったからかムッとした顔をする。
すると、扉が開いた。
マネージャーの香背と遅れてきたひかるがやってきて、シオリは渋々引き下がった。
「……百合亜ちゃんさっきはありがとうね」
小声でそう伝えると、百合亜はうん、と優しく微笑んだ。
その後、明日のショッピングモールで行われる初の屋外イベントに向け、スタッフとメンバーで話し合いをすることになり会議室に集まった。
「それで、午後の部は13時半で、その後⋯⋯おい、西水聞いてんのか!?」
少しボーッとしていた百合亜はスタッフの声を聞いて背筋を正した。
百合亜が「すいません……」と頭を下げるとその男性スタッフが舌打ちをして、シオリと睦が鼻で笑う。
それを見てひかるが何か言おうと立ち上がったが、隣にいる百合亜に止められた。
なんか疲れてる⋯⋯?
どことなくやつれてきてるのも心配で、会議が終わった後、百合亜が一人になるのを待つことにした。
だけどスタッフやメンバーが帰っていくのを別室から見ていても、肝心の百合亜だけがいつまで経っても現れない。
待ちきれず会議室へ行こうとしたらゴソゴソ音がした。
音のした隣の部屋を覗くと、百合亜があのクマのキーホルダーが付いたリュックを両手で持って立っていた。
下にはゴミ箱らしき物があって、リュックは靴にでも踏まれたように茶色く汚れてる。
「百合亜ちゃん、それ……」
話そうとしたら、百合亜は顔も見せずに去っていった。
わたしをかばったせいでシオリたちに嫌がらせされたのかも……
だけど、あの様子の百合亜からシオリたちがやったの、なんてとても聞き出すことはできず、複雑な気分のままイベント当日を迎えた──
どこの天気予報も今日は朝から秋晴れになると予報していたのに、ステージ裏に着いた途端、ポツポツ雨が降りだしてきた。
急遽ショッピングモール内でイベントを行う許可が下り、急いでメンバー全員衣装を持って移動する。
「連絡とれた?」
「⋯⋯いや、繋がりません」
移動中、スタッフのそんな会話がすれ違いざまに聞こえた。
『皆さーん! こんにちはー!』
ステージに上がるとリーダーの睦が挨拶してイベントが始まった。
場所を変えたにもかかわらず、客席にはパッと見て百人ぐらいは埋まってる。
ほとんどオジサンばかりだけど、睦とシオリがトークで盛り上げるとオジサンたちはゲラゲラ笑う。
ちょっとムカつくけど、やっぱり10年やってきただけあるんだ。
そして、ついに新曲のお披露目コーナーの番が巡ってきた。
イントロが流れ始め、歌い出しも任されてるわたしは初っぱなから歌うことに。
震えながら口を開けると、その瞬間頭が真っ白になり歌詞をド忘れしてしまった。
あれ、あれ、なんだっけ……?
マイクを持ったまま立ち尽くすと後ろから声がしてきた。
その声はやよい。
一切取り乱さずやよいは前に出てくると、わたしが歌うはずだったパートを全て歌い切る。
歌も上手くて歌詞も完璧で、やはり本来センターにいるのは、やよいだと思い知らされた。
午前の部が終わった後、お礼を言いにやよいのもとへ行った。
「あの、さっきは」
やよいは見ていた手鏡を下ろし、わたしの言葉を遮るように話し出す。
「練習足りないんじゃない。仮にもグループの顔なら必要最低限のことはして」
確かにその通りで、ぐうの音も出ないってこの事か……と身に染みた。
もっといっぱい聴いて、聴いて、聴きまくって絶対忘れないように覚えないと。
イヤホンを耳に入れ、午後の部に備えて練習しようとしたらひかるが話し掛けてきた。
「ねっ、聞いた? 午後の部中止らしーよ」
「えぇ、なんで?」
「なんか話してたスタッフの話聞いてたら、午後は許可が下りなくって、あと男のスタッフがここへ来る途中、雨水? でスリップして事故に遭ったとかなんとか⋯⋯」
事故……?
そう言われると、昨日の打ち合わせで仕切っていた男性スタッフの姿が見当たらず、イベント前に偶然耳にした会話も説明がつく。
さっきまでバケツをひっくり返したようなどしゃ降りの雨だったのに、今は入り口の方から日差しが注いでいる。
まるでイベントが終わるのを待っていたみたいで何とも言えない違和感をかんじた。
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