第2話 とある街にて

 くすんだ灰色の壁を、パトカーの赤色灯が照らしている。アスファルトの間から草が茫々と生えている駐車場に、何台ものパトカーが集まり、騒々しい雰囲気だ。


 警察官たちは無線で連絡を取ったり、立入禁止の黄色いテープを張り巡らせたりとせわしなく動いている。


 時刻は午後七時過ぎ。辺りはすっかり暗くなり、雲一つない空に満月が昇っている。


 ここは浦松市の町外れにある廃病院。二階建てのそれなりに大きな総合病院であったが、街の中心地へ新たに病院が移転されたことでこの建物は使われなくなった。解体されることは決定しているのだが、費用の関係によりいつ実施されるか未定のまま、何年も過ぎている。


 そんな廃病院の駐車場に、また新たにパトカーが入ってきた。他の車両と同じように駐車場に停車する。


 運転席側から中年男性が、助手席側から若い女性がそれぞれ降りてきた。二人とも地味な色のスーツの上から、薄手のコートを羽織っている。見るからに刑事といった風体だ。


 そろそろ夕方にもなると、肌寒い風が吹いてくる時期だ。


 二人はそろって歩き出すと、廃病院の入り口に近づいた。入口の脇に立つ警察官に敬礼をすると、立入禁止のテープをくぐって中に入る。本来は自動ドアがあったであろう場所は、業者によって取り外されたのか、それとも誰かの悪戯か、何もついていなかった。


 中に入ると、薄気味悪い肌寒さが二人を取り囲んだ。入ってすぐの場所は総合受付。そこから真っすぐ廊下が伸び各科の窓口が左右に並んでいる。


 電気はもちろん通っていないが、先入りした鑑識官や警察官が照明を設置してくれているので、見通しは良かった。


 しかし、夜の病院はそれだけで独特の雰囲気がある。


 「突き当りの階段ですよね。刑部オサカベさん」

 先に口を開いたのは女性の方だった。身長は150cm前半。刑事というには少々小柄だろうか。年齢は二十台半ばほどであろうが、それよりも若く見える。セミロングのダークブラウンの髪をポニーテールに纏めている。


 「そう。踊り場のとこだそうだ。なかなか奇妙なホトケさんだとか。ミナモト、気を確かに持てよ」

 男性の方は反して中々恵まれた体躯の持ち主だ。180cm前後はあるだろう長身に、がっちりとした体格。頭髪にも、やや無造作に生えている顎髭にも少し白いものが混じってきている。源と呼ばれた女性刑事と並ぶと、親子のようにも見える。


 二人は総合受付を抜けて真っすぐ廊下を進んだ。コツコツという二人の足音が廊下に響く。


 突き当りまで行くと、左手に階段があった。階段は途中で踊り場を挟み、方向転換し、二階へ続いている。


 その踊り場に一人の鑑識官が立っていた。手元の資料に何やら記入している。そしてその足元には布が被せられた遺体。それが二人分並んであった。踊り場に置かれた照明がそれらを煌々と照らしていた。


 「あ。刑部さん。源さん」

 鑑識官が気づいて声をかけてきた。


 「よう、火車ヒグルマ

 刑部が軽い返事を返した。


 火車と呼ばれた鑑識官は刑部とは気心知れた仲であった。鑑識官と刑事と言う立場の違いこそあれ、共に信頼しあっている。中年、小太りのずんぐりむっくりした体形に細い垂れ目と低めの鼻。決して眉目秀麗と言える容姿ではないが、人好きされる顔立ちの男性だ。仕事も卒なく優秀にこなす。今回のように不気味な事件現場であっても、その場にいれば少しほっとするような人間だ。


 「それで? これがそのガイシャだな?」

 刑部と源が階段を昇り遺体のそばに立ち、火車に問う。


 「そうです。僕もこんなの初めて見たというか、何というか。一緒に来た若い鑑識なんて吐きそうになっちまいまして、外で休んでます。とにかく見てもらえますか?」


 火車がしゃがみ込んで、遺体にかかっている布をゆっくりめくっていった。

 

 隠されていたが、血だまりが広がっている。


 まず見えたのは頭。そして顔。明るい茶色に染めた頭髪をしている。何かに驚いたような、恐怖に引きつったような顔のまま硬直した顔。そして首。


 首はまさに首の皮一枚を残して、綺麗にえぐり取られていた。


 源も隣にしゃがみ込んでもう一つの布をめくった。


 こちらはさらにひどい。


 首から上が無い。身体つきから女性だとは辛うじて分かるが、さらに右腕もまるでもぎ取られたかのように根元から無くなっていた。

 

 




 



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