第24話 初

 廃墟となった工場内に、スカー-Lとネゲヴの発砲音が響き渡る。


 磐船はネゲヴを七、八発ずつリズミカルに指切りで連射していた。かなり手慣れている様子だ。左手でフォアグリップを握り、反動をその屈強な体躯で完全に制御している。


 磐船が引き金を引くたびに、黄金色の真鍮の薬莢と、弾薬同士を繋ぎ合わせていたリンクがネゲヴから溢れるようにこぼれ出ていく。


 一方の現は、セミオートで確実に射撃を行っていた。ダットサイトの赤い点を土蜘蛛に合わせ、引き絞るように引き金を引く。スカーの性能と現自身の腕前もあって射撃時のブレはほとんど感じさせない。


 二人の周囲の地面には、5.56ミリ弾の空薬莢が次々に落ちていった。


 土蜘蛛たちは襲い来る銃弾の雨に、正に蜘蛛の子を散らすような騒ぎとなった。5.56ミリ弾に貫かれ、群れを成す妖怪たちの黒っぽい血が辺りに飛び散った。


 向きを変えて逃げだそうとした一匹も、磐船の乱射で脚の三、四本をちぎり取られた。動けなくなったところを、現の射撃で脳天を撃ちぬかれて即死した。


 「颯、上を頼む!」

 現がマガジンポーチから新しいマガジンを装填しながら、銃声に負けないような大声で叫んだ。現がリロードをしている隙をカバーするように、磐船が撃ち続けているからだ。


 源もその声で上を見た。銃を構えてこそすれど、まだ一発も発砲していない。


 土蜘蛛たちに気を取られ、上空など気にしていなかったが、別の妖怪がまるで空中を滑空するような体勢でこちらへ襲い来るべく飛んできていた。おそらく、前方にある建物の屋根から来たのであろう。


 見た目はまるで大きなモモンガか、翼の生えたイタチのような姿形。一見するとただの野生動物と勘違いしてしまうかもしれない。これまでのグロテスクな妖怪たちと違って、こんなシチュエーションで会わなければ妖怪だとも思わないだろう。


 「可愛らしい外見に騙されないでくださいね。『野衾のぶすま』と言う、人を襲う立派な妖怪です」

 源の後ろに立つ颯が源に話しかけながら、モッズコートの内側に手を入れ、何かを取り出した。


 銃ではなく、ナイフだ。薄く、小さめな、銀色に輝く両刃のナイフ。グリップには黒い布が巻かれている。颯はそのナイフを三本持っていた。グリップではなく、刃の方を右手の各指の間に挟むように保持している。


 源は銃ではなく、ナイフを取り出した颯の行動を一瞬疑問に思ったが、そのナイフの形状からそれが投げナイフスローイングナイフだと理解した。


 颯はまるでボールを投げるようなフォームで右手を振った。


 次の瞬間、三本のナイフが信じられない速度で颯の手から飛び出していた。明らかに、人間が物を放って出せるスピードを超過していた。


 とてつもないスピードで投げられたナイフは、上空の妖怪たちに襲い掛かった。三本のナイフは、一番近い距離にいた三体の妖怪に綺麗に突き刺さる。妖怪はコントロールを失った凧のようにくるくると回転しながら地面へ落下した。


 「土蜘蛛に注意しろ!」

 現が端的に叫んだ。土蜘蛛たちの数はまだまだ多い。建物から増援も出てきているようだった。こちらへ走り寄ってくる者が多い中、何体かが不穏な動きを見せていた。


 胴体を持ち上げ、海老反りのようなポーズで臀部の先端をこちらに向けている。


 間髪入れず、そこからまるでロープのような太さの蜘蛛の糸が射出されていた。糸は弧を描いて四人の元へ飛んでくる。


 磐船と現が牽制射撃を続けながら、それぞれ近くにあった廃タイヤの山とコンテナの陰に逃げ込んだ。ワンテンポ遅れて、源と颯も現が隠れたコンテナの陰へ隠れる。


 次の刹那には、コンテナと廃タイヤに糸が衝突した。まるで鉄球でもぶつかったかのような凄い音がする。それまで皆がいた辺りにも糸が落下し、地面に広がった。


 「気をつけろ。あの糸に絡めとられたら簡単には抜け出せんぞ」

 現が源に言った。素早くスカーのマガジンをマガジンポーチから新しい物と入れ替え、コンテナの角から覗くように発砲する。


 「やっぱりここも、妖怪たちの数が多い」

 廃タイヤの陰にいる磐船が喋りながら、軽機関銃を上空に向けて撃った。四、五体の野衾が血煙を上げて吹き飛んだ。


 「これは確かに、そうですね」

 颯が一瞬だけコンテナの陰から身を出すと、ナイフを投げた。今度は両手に三本ずつ、計六本だ。先ほどと同じポーズのまま次の糸を射出しようとしていた一体の土蜘蛛に向かって飛び、胴体に六本全てがドスドスと突き刺さり、その息の根を止める。


 撃ち続けていた磐船の銃が、弾切れになった。磐船は、予備の弾も持ってきていたようだ。空になった箱型弾倉を捨てると、新しい弾倉を取り付けた。ネゲヴの機関部のカバーを開けると、弾倉から出ている帯状の弾薬を給弾トレイへ入れ込んだ。


 ベルトリンクの軽機関銃は、再装填に少々時間が掛かる。磐船も動作を淀みなく行っているが、その間にも磐船の方へ一体の野衾が飛来しつつあった。現も颯も、土蜘蛛の応戦で手一杯な様子だ。


 源はモデル360 SAKURAを構えると、撃鉄ハンマーを起こした。滑空してくる野衾に照星フロントサイト照門リアサイトを合わせ、一呼吸置くと、発砲した。


 警察官としての訓練でも体験したことがある銃声と感覚。


 しかし、初弾は外してしまったようだ。


 慌てず、もう一度ハンマーを起こす。


 再びコンテナに、土蜘蛛が射出した糸が衝突したようで派手な音を立てた。源は一瞬だけ動揺したが、再度狙いをつけ引き金を絞る。


 再び同じ銃声。


 今度は命中したようだ。.38スペシャル弾に貫かれ、絶命した野衾が地面へ落下する。


 「助かったぜ、嬢ちゃん」

 磐船がネゲヴのカバーを軽く叩くようにして閉じると、リロードを完了させた。すぐさま、廃タイヤを遮蔽物にネゲヴを乱射し始める。


源は初めて、妖怪を自分の手で倒した。

 


 


 

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