第23話 霊力
「おっと、そうだ。嬢ちゃんにはやらないといけないことがあった」
準備を終えた磐船が、ふと気が付いたように声を発し、源の傍まで近づいた。
「今、この場所には結界を張ってある。霊力を使えない人間には、中で起きていることが認識できなくなる効果もあるやつをな。急に霊力だ何だって言われても分からんかもしれないが――」
「ちょっとだけですが、ここに来るまでにそんな話をしましたよ」
「そうかい」
源に話しかける磐船に、颯が横から答えた。
「まあ、そんな訳だから、今回は俺がその結界を、嬢ちゃんには効かないようにする」
そう言いながら、磐船は掌を源の頭部にかざした。ごつごつとした熊のような手だ。磐船と小柄な源が並ぶと、まるで大人と子供のように見える。
磐船が目を瞑り、意識を集中するような素振りを見せた。
だが、すぐに磐船は目を開けた。何か納得できないような、怪訝な表情をしている。
「おや? 嬢ちゃん、この間まで、妖怪に関わってきた経験は無いんだよな?」
「え? ええ」
唐突な質問に思わず面食らったが、源は否定した。廃病院での事件に巻き込まれるまで、思い出す限りはそのような経験は無いはずだった。
「そうだよな。その割には……」
「何だ? 何か変か?」
「いや、取り敢えずこの仕事が終わってから話そう」
磐船は首をかしげたが、現からの問いにそう返した。
「分かった。なら早く終わらせよう」
現はそう言うと、バンの荷台に置いてあるアサルトライフルの一つを手に取った。
FN スカー-L。ベルギーのファブリックナショナル・ハースタル社製のアサルトライフルだ。タンカラーのその銃は、折り畳み式のストックや、樹脂とアルミ合金の組み合わせで作られているレシーバーから、やや近未来的な印象を与える。磐船の軽機関銃と同じ5.56ミリ弾を、マガジンにて二十発装填できる。ベルギーだけで無く、各国の軍や警察でも使用されている信頼性の高い銃だ。さらに、トップサイトにはダットサイトが装着され、素早い照準が可能にされていた。
現はマガジンポーチも腰のベルトに着けると、アサルトライフルのチャージングハンドルを引いた。小気味良い軽い金属音と共に、初弾が薬室へ送り込まれた。これでいつでも発砲できる。
源もショルダーホルスターからリボルバーを抜いた。颯だけは変わらず丸腰のように見えるが、そのままだった。
四人は現を先頭に工場の敷地内へ入っていった。入口のゲートを手で押すと、錆びた金属が軋む音がしてレールの上を滑った。
中は、心寂しい様子だった。錆びたコンテナ、積み上げられた廃タイヤなどがそこら中にあり、地面は雑草が生い茂り、鉄くずがあちらこちらに落ちていた。全てが時間と共に朽ちていくのを待っているような、そんな印象を与える場所だった。
廃病院の次は、廃工場とは。源は心の中で思った。
「妖怪たちは、こういった場所に巣食いやすいんだ。奴らの本能的なもんらしい。ひと気が無いところを選んで、人知れず人間を襲うんだ」
源の前を歩いていた磐船が、いつの間にか源の方を振り向いて言った。まるで源の心中を読んだかのようなタイミングだったが、単純に経験が浅い源への垂訓だろう。
「妖怪が出てくる昔話や伝承を読んだことはあるか? そういった話でも――」
「来るぞ」
磐船が話を続けようとしたが、現が遮った。工場の敷地内にはいくつか屋舎があるが、おそらく工場の中枢であろう一番大きな建物にアサルトライフルを向けている。建物まではまだ数十メートルの距離がある。
四人は身構えた。
次の瞬間、その建物から、何か黒い動物のようなものたちがこちらに向かって走り出してきていた。十匹以上いる。
蜘蛛だった。
それも、ただの蜘蛛ではない。大きさが大型犬ほどもある。蜘蛛の胴体に、まるで狼か虎のような風貌の顔がついていた。真っ赤な口からも、鋭い歯牙が覗く。胴体からは太い木の枝のような、八本の蜘蛛の脚が生えている。極めて奇怪な姿をしていると言えた。全身も真っ黒な剛毛で覆われている。
それらがガサガサと、生理的嫌悪感を感じさせる動きでこちらへ向かってきていた。
「『
源の後ろにいた颯が呟いた。
源は血の気が引くのが分かりながらも、その妖怪たちへリボルバーを向けた。
それよりも早く、現と磐船は行動を起こしていた。それぞれアサルトライフルと軽機関銃のストックを肩付けし、射撃体勢を取ると、躊躇なく引き金を引いていた。
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