第33話 創傷

 現と源がバンに乗って向かったのは市内にある閑静な住宅街の、さらにその裏手にある雑木林だった。そこそこ大きな面積の林のようだが、地方都市が抱えがちな問題か、管理はあまり行き届いていないようだ。勝手気ままに生えた雑木たちが空を覆い、地面も雑草や落ちた葉っぱやらで歩きづらそうだ。全体に湿ったような陰鬱な雰囲気が漂っている。


 その前にある駐車場とも呼べないような空き地に、現はバンを駐車させた。


 「少し薄気味悪い場所ですね」

 「バケモン共は薄気味良い場所にはあまり出てきてくれないぞ」

 源と現がバンから降りながら話す。


 「まあ、印付と辰宮が片付けてくれたならあまり気を張らなくても良いだろう。注意はしないと不味いが」

 現が廃工場の時と同じようにバンの後ろ側に回り、バックドアを開けた。荷台のラックから、今度はアサルトライフルではなくホルスターに収められたハンドガンを取り出した。


 その銃はベレッタ APX。イタリアのベレッタ社が製造しているハンドガンで、現が愛用している物は40口径、つまり.40S&W弾を使用するモデルである。.40S&W弾は1990年にアメリカのスミス&ウェッソン社が開発した弾薬で、これまで広く使用されてきた.45ACP弾よりも撃ちやすく、尚且なおかつ同じくポピュラーな9ミリパラベラム弾より標的に効果的な威力を発揮する、要は良いとこ取りな弾薬だと言われて今日まで来ている。真偽はさておき、多くの警察等の法執行機関に採用されているのは事実だ。そのハンドガンの黒いフレームは、昨今の主流に漏れずポリマー製。これまでのベレッタのハンドガンはスライドの上部が大きく切りとられた特徴的なデザインをしている物が多かったが、この銃は昨今のトレンドを取り入れ、人間工学に基づいたモダンなスタイルをしている。様々な追加の装備を装着できるピカティニーレールも銃口下部のフレームに設けられ、実際現もそこにタクティカルライトを装着している。


 「知らない銃です」

 「そうかもな。俺にとっては何よりも使いやすい道具だ」

 現が言うに違わず、その銃は現に実に馴染んでいた。タクティカルライトが装着されているのも玄人好みだ。特に、暗がりに潜む妖怪たちを相手にしている現のような人物に取っては。APXだけでは無く、廃病院で使用していたモスバーグにもタクティカルライトが装着されていたことを、源は思い出した。


 ベルトにAPXやマガジンポーチを身に着けた現はバンのバックドアを閉めた。やはり、アサルトライフルのスカーよりはそれらも目立たない。


 「行くぞ」

 現が源に言い、雑木林の中に向かって歩き出した。源も続き、落ち葉や雑草を踏む二人分の乾いた足音が、辺りに小さく響いた。


 印付と辰宮はすぐに見つかった。バンを停めた場所から数分と掛からず、木々の間に立つ二人の姿を見つけ、傍まで近づいた。


 「お疲れ様です。現さん、源さん」

 印付が二人に話しかけた。辰宮も印付の傍に立っている。辰宮は、二人の姿を見つけるとニコリと笑みを見せた。その妖艶さは、薄暗い雑木林であってもバーで見るときと変わらない。


 「おう。こっちも妖怪が現れたんだってな」

 「はい。と言っても餓鬼と野衾だけでしたけどね」

 「こっちには鵺までいやがった」

 「大変でしたね、それは」

 現と印付が世間話でもしているかのような調子で話した。


 源も辰宮に何か話しかけようとしたその時。源は肩に何か伸し掛かられたような重みを感じた。そちらを振り向くと同時に、首筋に鋭い痛みが走った。見ると、肩に乗った野衾が首筋に嚙み付いている。ただそのサイズは、先ほど廃工場で見た個体より幾分小さい。しかし鋭い牙を持っていて、人間を襲う妖怪だということに変わりはない。


 源が声をあげるよりも早く、辰宮が行動していた。気が付いた瞬間には、銃をその野衾へ突き付けていた。辰宮の細腕には不釣り合いなサブマシンガン。


 「動かないでね」

 硬直する源を他所に、辰宮はサブマシンガンを発砲した。

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