第34話 鮮血
源の首に喰らい付いた野衾は、辰宮が放った銃弾でいとも簡単に吹き飛ばされた。弾丸が命中した瞬間、キュウと小動物のような鳴き声を上げた。源の頬や髪に、野衾の鮮血が飛び散る。しかし、源はそのことを意に介する暇も無く、たまらずその場にへたり込んだ。
源は妖怪に噛まれた自身の首筋に手をやる。不思議と痛みは感じず、その代わりに熱さを感じた。掌にぬるりとした嫌な感触が伝わった。その出血の具合から、決して浅くない傷を負っていることは、見ずとも理解できた。
「ごめんなさい。明香里ちゃん」
辰宮がやや狼狽しながら源の近くへしゃがみ込み、抱き着くようにその体を支えた。現と印付はそれぞれハンドガンを抜き、辺りを警戒している。
「おい印付。バケモン共は片付けたんじゃ無かったのか」
「そんな、確かに……」
現の問いかけに、印付が少し焦ったような口調で返した。ポリマーフレームのハンドガンを使用する現に反し、印付の銃はやや時代を感じさせる物だった。
スミス&ウェッソン モデル59。外見はごくオーソドックスなセミオートピストルだ。世に出たのは半世紀以上昔の1970年。元となったモデル39は、アメリカで初めて作られたダブルアクションのハンドガンだ。それを
二人が周囲を警戒する中、辰宮が着ているジャケットの懐から小さな折り畳みナイフを取り出し、その刃を振り出した。短い刀身のナイフだが、鋭さを感じさせる光沢を放っている。すると、辰宮は自身の人差し指の指先へ、その切っ先を迷うことなく突き刺した。真っ赤な鮮血が、その指を伝って溢れ出る。
辰宮は源の首筋へ指を近づけ、流れ出るその血を源の首筋の傷口へ振りかけた。血がドクドクと流れ出ている源の傷口に、辰宮の鮮血が混ざる。
次の瞬間には、源は先ほどまで感じていた燃えるような熱さが、凄まじい早さで引いていくのを感じた。驚きつつ、自身の首元へ目をやる。深い咬傷があった場所が、まるで動画を早戻しでもするかのように元通りになっていく。マジックや奇術のような光景だ。ものの十数秒ほどで、傷は跡形もなく無くなった。
「大丈夫? 痛みは無い?」
辰宮が座り込んだままだった源に手を貸し、立ち上がらせながら問いかけた。
「……大丈夫です。全く痛みもありません」
源は傷口があった場所をさすりながら立ち上がり、返事を返した。もう傷があったことが信じられない程だ。
「そう。良かった」
「あの、これは妖怪の力……ですか?」
「その通り。なんだ、現さんたちから聞いたの?」
辰宮が、どんな感情なのか、照れくさいような表情を浮かべて言った。
「大丈夫か?」
「はい」
辺りを警戒している現も、一瞬源の方を確認して問いかけた。
「すごいだろう。何の妖怪だと思う? 辰宮にはな、『人魚』の血が流れているんだ。マーメイドだよ」
「ピッタリですよね。イメージ通りって言うか」
現と印付が軽妙な口調で言った。勿論、その最中も周囲の警戒は怠らない。
「あらあら、ありがとう。正確には、
辰宮がいつもと変わらぬ微笑を浮かべながら言った。辰宮がいつの間にかハンカチを取り出し、源に渡した。
「ありがとうございます。今のは、野衾ですか?」
「そう。良くご存じで」
「先ほど、廃工場でも遭遇しましたので」
「なるほど。でも、今のはまだまだ子どもの野衾だった。普通なら、人間なんて襲わないはず……」
源が、渡されたハンカチで頬に飛び散った野衾の血を拭いながら言った。説明をする辰宮は、困惑や戸惑いの中に、悲しさが混ざったかのような表情を浮かべていた。まるで、子どもの妖怪を倒したことに罪悪感を覚えているようにも見えた。
「あいつが、何か知っているかもな」
現が言った。源と辰宮が見ると、現と印付が同じ方向に銃口を向けている。上空の方だ。二人の銃口の先を目で辿っていくと、密集して立ち並ぶ木々の内の一本である太い木があった。その幹の梢近くに生えている枝に、誰かが立っていた。
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