第35話 消失

 「動くなよ。お前は誰だ?」

 現と印付が銃を向けたまま、現がその人物に言ったが、その人物は一言も発しなかった。そればかりか、枝の上に立ったまま微動だにしない。生い茂る木々の葉が陰を作り、その人物の様相はよく確認できない。さらに顔も何か覆面か目出し帽のような物で覆っているようだ。服装も周囲に溶け込むような黒っぽい服を身に纏っている。シルエットは完全に人間だが、薄暗い雑木林の木の枝に立つその姿、佇まいからは、人外じみた底知れない不気味さを漂わせている。そもそもそんな場所に立ってこちらの様子を伺っていることだけで、明らかに只者ではないはずだ。


 源の横に立つ辰宮も、手にした黒いサブマシンガンの銃口をその人物に向けた。正確に言えばそれはサブマシンガンではなくPDW、パーソナルディフェンスウェポン個人防衛用火器と表される銃だった。その銃はドイツのH&K社が作り出したMP7という銃だ。PDWという名が指すに違いなく、現在でこそサブマシンガンと同一視されることも多い銃器だが、当初は全く新しいコンセプトの元開発された銃だ。拳銃弾を使用するサブマシンガンでは威力不足、しかし小銃弾のアサルトライフルでは大きくて携行しにくい。そんな不満点を解消すべく創られたのがPDWだ。弾薬も専用の弾を使用し、両方の銃の長所を併せ持った銃だと言える。最も、新しい専用弾を使うという点から、採用されているのは予算に余裕のある各国の特殊部隊等に限られているのが現状だ。PDWとサブマシンガンが実質、同一視されているのもそれが原因だと言える。MP7は長さを調節可能なスライド式のストック、折り畳み式のフォアグリップを備えている。外観はやや大き目ではあるが、ハンドガンの様にも見える。辰宮の物はMP7A1と呼ばれるタイプの物である為、銃の左右両面にもピカティニーレールが増設されている。辰宮は右側の方に、クリムゾントレース社のレーザーサイトを取り付けて使用していた。狙いをつけると、緑色の光線が真っすぐ標的に向かって照射される。今はその光線が、木の枝の上に立つ人物の胸部あたりへ、一直線に伸びている。


 三つの銃口に狙われていても、その人物の様子は変わらないままだった。何か仕掛けてくるわけでもなく、話しかけてくるわけでもない。ただ黙って、四人の方を眺めている。言ってみればただその場に棒立ちになっているだけだが、薄暗い周囲の雰囲気も相まって、酷く不気味だ。


 「何者だ? 何故ここにいる?」

 現が再度問いかけた。低くしゃがれながらも、よく通る声だ。その声が雑木林の中に響くが、その人物は相変わらず無言を貫いている。


 現の言葉には返事をしなかったが、不意にその人物が動作を見せた。と言っても、脚を動かしたのみだ。枝から降りようとしたのか、それともなにか攻撃を仕掛けようとしたのか。


 現と印付が迷わず発砲した。APXとモデル59の銃声が辺りの空気や木々を震わせた。銃口から出る発砲炎が、一瞬だけ周囲を照らす。乾いた銃声と共に撃ち出された.40S&W弾と9ミリパラベラム弾がその人物に向かって飛び、体を貫いた。


 次の瞬間には、その人物が消失していた。言葉の綾などでは無く、初めからそこに居なかったかのように忽然とその場から姿を消した。その事象には、普段は冷静な現も少々面食らったようで眉を曇らせた。APXの銃口を上下左右に巡らせながら、周囲を警戒する。


 「現さん、あそこに」

 最初に見つけたのは印付だった。印付が銃口を向ける先には、先ほどとは別の木があり、その枝の上に先ほど撃たれたはずの人物の姿があった。同じくじっとこちらを見ているが、今度はしゃがんだ姿勢を取っている。


 現は再度照準を合わせると、素早く三度引き金を引いた。飛び出した銃弾は、その人物の額に一発、胸部に二発正確に命中した。


 しかし、またもや同じ結果だった。次の瞬間にはその人物の姿が立ち消えていた。貫通した銃弾が後ろにあった木々の葉に命中し、辺りにパラパラと落下していく。


 皆は再び周囲を索敵したが、今度はどこにもその人物の姿は見つけられなかった。吹き抜ける風が木々の細枝や葉を揺らして擦れる音だけが、雑木林の中に鳴り響く。


 「……逃げられましたかね」

 印付が銃を構えたまま言った。


 「そうみたいだな」

 現もある程度周囲を警戒していたが、やがてAPXをホルスターに戻した。それに倣って印付と辰宮も銃を下ろす。


 「あの、今のは。人……ですか?」

 源が言った。もはや、人間か妖怪かも判断できなかった。


 「ああ、間違いなく人間だろう。ただし先ほどのあの曲芸。あれは妖怪の力だな。俺らと同じ、妖怪の血が流れている人間だと思う」 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る