第74話 夜のとばり

 玉藻前がヘリコプターの方へ向いたのと、現が言葉を発したのと、ヘリコプターに搭載された銃が火を吹いたのは、ほぼ同時のことだった。銃声というよりくぐもった爆発音のようなけたたましい音が、薄暗さを増していく空間に響き渡る。


 ブローニングM2重機関銃ヘビーマシンガン。それがその銃の名だ。ヘリコプターのドアガンとして、銃座に備え付けられている。マシンガンと呼ばれる銃にはいくつか種類があるが、ヘビーマシンガンはその名の通り重く、巨大なマシンガンだ。磐船が持つネゲヴなどの軽機関銃ライトマシンガンや、辰宮のH&K MP7と言った短機関銃サブマシンガン(正確にはPDWだが)とは異なり、ヘビーマシンガンは基本的には人が一人で持ち上げて使用はできない。数人でパーツや弾薬箱を分担して運搬し、都度その場に設置して使用する。もしくはヘリコプターや車、ボートといった乗り物の銃座に備え付けて使用するのが常だ。そしてその威力も、他の種類のマシンガンとは桁違いだ。M2ヘビーマシンガンが使用する弾薬は.50BMG弾、または12.7ミリ弾と呼ばれる。他の小銃弾をそのまま巨大化させたかのようなその弾は、軍用車両を破壊するほどの威力を誇る。この銃が開発国であるアメリカの軍隊に採用されたのは、1933年という驚くべきほど昔のことだが、現在まで使い続けられているのはそれだけこの銃の性能が高いことを意味している。四角い機関部にただ長い銃身を取り付けただけかのような、シンプルで無骨なデザインも、その性質を表しているようだ。


 ヘリコプターのドアからまっすぐ突き出たその長い銃身が、寸分たがわず玉藻前を狙い、弾丸を放つ。ヘリコプターは低空な一定の高度を保ち、その場にホバリングしている。風圧で辺りの草木がなぎ倒されるかのように揺れる。鳴り続ける轟音と共に、巨大な真鍮の薬莢がバラバラと雨のように降り注いでいく。さながら金色の雨のようだ。


 ヘリコプターから撃ち下ろされる12.7ミリ弾が玉藻前に殺到した。射手の腕は中々の様だ。玉藻前を中心に、狭い範囲に弾がまとまっている。それでも多くは玉藻前の周囲の地面をえぐるに終わった。石の欠片や土埃が高く舞い散る。それでも毎分400発以上の弾丸が発射されるM2マシンガンだ。いくつもの巨大な銃弾が玉藻前を捉えた。


 一発の銃弾が玉藻前の右肩をかすめた。12.7ミリ弾の威力は絶大だ。掠めただけで玉藻前の右肩の肉を削りとるように吹き飛ばした。飛び散る血肉が、玉藻前の横顔を赤く染める。それでも玉藻前は顔色を変えない。ほぼ同時に飛来した別の銃弾が玉藻前のひたいと胸元に命中した瞬間、その動きを止めた。それは玉藻前の能力だ。弾丸の尖った先端が、僅かに玉藻前の皮膚にめり込んでいる。玉藻前にとっては間一髪だ。


 そうしている間にも、次々と銃弾は撃ち込まれる。一発の銃弾が玉藻前の脇腹を抉った時、別の銃弾が玉藻前の体の横から出ていた尾の内の一本を、半分ほど引きちぎった。その他の玉藻前に命中するはずの銃弾は、ギリギリのところで玉藻前に止められる。


 玉藻前の額と胸元で停止していた銃弾が、逆再生のようにヘリコプターの元へ飛んだ。それは二発ともマシンガンの銃座に命中した。その威力の強さを表すように、派手な火花が散る。それとともに射撃が止む。


 「面白いじゃないか。幻術使いの人間」

 玉藻前が言った。自身の血で汚れた顔を狂気に満ちた笑みで歪め、現の方を見た。抉れた肩や脇腹、ちぎれた尾からは煙が上がっている。刑部と同様、その能力によって傷口の修復が始まっている。


 この機を逃すまいと、現が発砲した。それに合わせるように磐船、辰宮、源も発砲した。磐船の傷は既に辰宮によって治療されている。


 殺到したいくつもの銃弾は、これまでと同じように玉藻前の直前で停止し、地面へ落ちる。だが、数発の銃弾は玉藻前を貫いた。それを見た誰もが、現の策によって玉藻前が怪我を負っている今しか好機はないと悟った。一行は発砲を続けた。


 「ああ、ようやく楽しくなってきた」

 続けざまに体中を銃弾で貫かれ、真っ白な小袖が血まみれになっていくのもいとわず、玉藻前が言った。小銃弾や拳銃弾では致命傷を与えきれないのは明らかだった。


 その時、源が走り出した。近くにいた磐船や辰宮も、銃を発砲しながら驚いたようにその様子を横目で見た。向かう先は玉藻前。現に託されたスカーはいつの間にか地面に置いてあった。その行動の意図を理解するより先に、源を援護するように皆は銃を撃ち続けた。


 玉藻前は駆け寄って来る源に向けてまだ無事な左手を掲げた。瞬間、数発の銃声と共にその手首から先が吹き飛んだ。


 玉藻前がそちらへ目をやると、倒れたままの印付が、息も絶え絶えながらも片手でモデル59を構えている様が見えた。発砲の反動すら辛い様子で、顔を歪めている。玉藻前にとっては予想外の攻撃だった。


 次に玉藻前が目にしたのは、いつのまにか目の前に迫っていた筒状の何か。印付に気を取られていた一瞬の間の出来事だ。狙いすましたタイミングで、それは玉藻前の目前で爆発した。それがM84スタングレネードという名の物だと玉藻前は知らない。投擲したのは颯。印付と同じように、倒れたままで行ったことだ。瀕死の重傷の中、朦朧もうろうとした意識での行動だった。


 玉藻前の視覚と聴覚が奪われる。何も見えず、何も聞こえない中、玉藻前は自身の腹部に何かがぶつかったような衝撃を感じた。


 玉藻前の視覚と聴覚が徐々に戻っていく。スタングレネードによって真っ白だった視界は徐々に色づき始め、ほぼ完全に闇に染まりつつある周囲の風景が見えた。先ほど駆け寄ってきていた源が、今度はそろりそろりと後ずさりをしていた。手にはリボルバーのモデル360 SAKURA。


 音も聞こえ始めた。相変わらず吹き抜けていく風の音。低空で飛ぶヘリコプターのけたたましいローター音。


 玉藻前は腹部を見た。ちょうど鳩尾みぞおちの部分。そこに深々と短刀が突き刺さっていた。その短刀から、強力な霊力が流れ込むのを玉藻前は感じた。それはどこか記憶にある霊力だった。


 玉藻前はゆっくりと、力なく顔を上げた。拳銃を手にした源は、すでにだいぶ距離を取っている。


 玉藻前が、ふらふらと後ろへ歩みを進めた。背後にあった柵にその脚がぶつかったとき、玉藻前は力なくその場に座り込んだ。


 「そうかこの短刀、この霊力――」

 玉藻前が呟いた。その表情は、毒気を抜かれたかのようにうつろなものだった。玉藻前は視界の隅に、再びこちらへ銃口を向けるM2マシンガンを見た。


 玉藻前がおもむろにその目を閉じたとき、M2マシンガンの銃弾の雨が、玉藻前に襲い掛かった。


 


 


 


 

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