第75話 終焉

 12.7ミリ弾が玉藻前に降り注ぐ。地面を掘削するかのようなけたたましい音と共に土煙が舞った。柵の前で座り込んだ玉藻前の姿は、それに隠されて周囲からは見えなくなった。


 一行は固唾かたずを飲んでその様子を見守った。唯一動いたのは辰宮だ。印付と颯の方へ駆け寄る。


 大怪我をった身をかえりみずに行動を起こした印付と颯。その行動は正に最善のものだった。源への攻撃を阻害した印付の発砲。玉藻前の感覚を奪った颯のスタングレネード。そのどちらかが欠けていれば今の状況にはなっていない。


 辰宮は、まず颯の治療を行った。撃ち返された銃弾で怪我をした自身の頬を手でなぞり、べっとりと血が付着した掌を彼の額に押し付けた。次いで、印付にも同じようにする。


 「ああ、ありがとうございます」

 「また助けられましたね。すみません」

 颯と印付がうめきながら、ひどく重い動きで上体を起こした。そのままゆっくりと立ち上がる。何とか一命は取りとめたような状態だ。


 「いやはや、また負けてしまうとは。我ながら無様ぶざま

 何か言葉を返そうとした辰宮を遮るように、玉藻前の言葉が響いた。いつの間にかM2ブローニングの銃声も止んでいた。


 玉藻前の姿を覆い隠していた土煙が晴れていく。皆、銃はそちらへ向けたままだ。颯と印付も、力を振り絞って投げナイフとモデル59を構えた。


 土煙が霧散むさんし、玉藻前の姿があらわになった。その姿は悲惨なものだった。


 木の柵に背中を預け、もたれるように座っているが、その両手足は左腕のみを残して消え失せていた。ただし血は流れていない。右腕は肩口から、両脚はだいたいどちらも膝から先を12.7ミリ弾に吹き飛ばされていたが、その傷口を中心に、体が石に変わっていた。四肢だけではなく、他にも銃弾を受けている。腹部は丸く抉れるように銃弾に貫かれ、左目の上辺りには石の破片が突き刺さっている。それは銃弾によって弾き飛ばされたものだろう。それらの傷も、その周辺を含め石化していた。体の至るところが灰色の石と化し、成すすべなく地面に座り込んでいるのが、今の玉藻前の姿だった。


 銃弾を受け、玉藻前の背後にある柵も、その役目を果たせないほどボロボロになっていた。それほど12.7ミリ弾の威力は凄まじい。その銃弾の雨を受けても、まだ息があるのは玉藻前の妖気の強さによるものだ。並の妖怪ならば、息があるどころか成す術もなく塵と化していただろう。


 「いつの世にも強い人間は居るものだな」

 玉藻前の石化が進んでいく。石になってしまった部位が、じわじわとその範囲を広げるように体中に広がっていく。誰も攻撃はしない。ヘリコプターのローター音の中でも、玉藻前の言葉は皆の耳によく届いた。


 「まあ、次に目が醒めた時を、楽しみにしていよう――」

 その言葉をきっかけにしたように、辺りが眩い光に包まれた。それは玉藻前が蘇った際に発せられたものと同じだった。陽が落ちた今、それはひどく眩しいものだった。皆目を覆い、視線を逸らした。


 光が一瞬で収まったのも、先ほどと同じだ。一行が玉藻前に再び焦点を合わせたとき、そこにあったのは巨石のみだった。玉藻前が殺生石に戻ったのだと、全員が理解した。ただしその姿は元通りではなく、真っ二つに割れていた。それでもなお、全員武器を下ろすことができずにいた。何とも言えない独特な緊張感が、皆を支配する。


 「――刑部さん」

 その張り詰めた空気を壊すように、源が言った。SAKURAをホルスターに納めながら、地面に打ち捨てられるように倒れている刑部の元へ駆け寄る。皆が殺生石に集中している中、既に源の意識は刑部にのみ向いていた。


 「刑部さん」

 刑部のすぐそばまで来た源はしゃがみ込むと、刑部の胸に手を当てながらその目を覗き込んだ。異形の姿になっている刑部だが、ゆっくりと顔を動かし、かすむ目で源の顔を見た。


 「源――」

 「刑部さん、ごめんなさい、私――、どうしよう、私」

 刑部が蚊が鳴くような声で源の名を呼んだ。ヘリコプターのローター音がうるさい。源は混乱し、支離滅裂しりめつれつな言葉を叫んだ。声は涙声になっていた。倒れた刑部の体に触れて、改めて思い知らされた。他ならぬ、源自身が刑部を撃ったことを。刑部が狸の妖怪と化し、皆の命をおびやかしたのは事実だ。しかし、その刑部に源が致命傷を与えたことも事実。そして、自身が尊敬している上司であることもまた本当のことだ。源の心中を、様々な感情がかき乱す。


 現たちも、殺生石に気を払いながらも源の元へ駆け寄ってきた。瀕死とはいえ、強大な妖怪になってしまった刑部が、源に何か良からぬことをできない保証もない。源は銃すら仕舞っている無防備な状態だ。


 「源――」

 刑部がもう一度力なく呟いた時、その体が崩れ始めた。体の至るところが灰のような塵へと変化していく。妖怪の末路だ。それは、源も何度も目にした光景だ。苦痛を感じている様子はない。玉藻前に妖気を吸収されたとは言え、刑部の体が人間に戻っていた訳ではなかったようだ。それらが、吹き抜けていく山風やヘリコプターの巻き起こす風に吹き飛ばされていく。


 「そんな、刑部さん――」

 あっという間の出来事だった。あわてふためく源をよそに、刑部の体が全て塵に変わってしまった。風によって、それらが立ち上るように飛んでいく。初めからそこに居なかったかのように、刑部は消滅してしまった。


 源は、刑部の胸元に置いていた掌を、呆然とした表情で見た。指の間をすり抜けていく塵の感触が残っている。妖怪と化してしまった刑部の姿ではなく、共に刑事として勤めていた刑部の思い出ばかりが、脳裏に浮かんでいた。


 一行も、そんな姿の源を背後から見ていた。皆、何とも言えない表情だ。


 上空のヘリコプターがさらに高度を下げた。風圧が強まる。それと同時に、左右のドアから二本のロープが地面に降ろされた。細いが頑丈な、人間が降下する時に使用される物だ。先ほどのブローニングの射手が、それを使って器用に降下してきた。それに続くように、数人の人間がヘリコプターから降りてくる。ラペリング降下と呼ばれる技術だ。


 射手を先頭に全員が着地し、ロープと体を固定していたカラビナを外すと、今度はヘリコプターが上昇していった。ある程度の高度まで上昇した後、そのままその場を離れるように飛んでいった。騒音が、どんどん遠ざかっていく。


 射手が一行の元へ歩いてきた。射手はヘリコプターに乗っていた為、マイク等のヘッドセットが付いたヘルメットを被っていた。周囲の薄暗さもあって表情が見えない。


 「何とか間に合ったか?」

 「ああ。ベストタイミングだ」

 その射手は皆の元に近寄って来ると話しかけてきた。それに現が返事をした。他の降下してきた者たちは、殺生石を含め周囲を警戒している。服装や装備はバラバラだが、全員が銃器で武装している。退治屋たちだ。


 射手は喋ると同時にヘルメットを脱いだ。


 御伽だ。


 「源君」

 御伽は源に話しかけた。源はまだ座り込んだままだ。


 「御伽警部……」

 源がゆっくりと御伽の顔を見上げるように振り向いた。御伽がヘリコプターでやって来て、その機銃で玉藻前の退治に一役買った。その状況についても分からないことだらけであったが、今の源にはそのことについて質問をする気力も無かった。


 「今は何も言わなくていい」

 御伽の声はいつもと変わらない、厳格でありながらも優しさが含まれているものだった。


 「ここから先は私たちが引き継ぐ」

 御伽が喋っている間にも、既に御伽と共にやって来た退治屋たちは、刑部に殺害された退治屋たちの遺体の回収も始めていた。それ以外にも大立ち回りがあったこの場所で、やらなければならないことは多そうだ。


 「そいつは助かる。ひどく疲れたんでね」

 一行の気持ちを代弁するように、現が深く息を吐いた。


 


 

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