第29話 灰燼

 「妖怪? お前みたいな、貧相で弱弱しい、な奴がか?」

 鵺は、一旦は動転し弱気そうな雰囲気を醸し出したものの、人を煽るような小馬鹿にするような調子に戻り、言葉を続けた。四肢を撃ち抜かれ、なすがままの状態にも関わらず再び気味悪く笑った。地面に横たわっているのは鵺の方なのに、上から見下ろされているかのような気分にさせる。


 「そうだ。あまり外見に惑わされないことだな」

 現が変わらない調子で答えた。決して鵺の人を喰ったようなペースには持っていかせない。他の三人はただその成り行きを見守っている。


 「たとえ妖怪の血が混じっていようと、哀れな人間だということに変わりはない」

 鵺の口からまた奇怪な笑い声が漏れた。


 現はその言葉には反応せず、再び鵺の両眼を覗き込むように睨んだ。次の刹那には、また鵺が苦しみだした。現が言うように、幻覚か悪夢でも見ているのだろうか。四つの脚をバタつかせ、悶える。傍から見ている分には具体的には分からないが、鵺が惨憺さんたんたる目に遭っているのはその反応から推し量れる。


 今度は先ほどよりも短い時間で、現が指を鳴らした。乾いた音がすると同時に、鵺が素の状態に戻った。


 「どうする? まだ続けるかい? 満足するまで付き合うぞ?」

 現が言った。決して脅しではなく、必要ならば言葉通りに何回でも繰り返すという凄みを感じさせた。容赦するつもりなど、毛頭無いのだろう。


 「……分かった。教えてやろう」

 鵺が一呼吸置いてから、絞り出すような声で言った。四人は耳を立てて鵺の言葉の続きを待った。

 

「妖怪たちの動きが活発になっているのは、決して偶然なんかじゃない。これは――」

 鵺がそこまで喋った瞬間。その体が真っ青な炎に包まれた。一番近くにいた現も思わず後ずさった。


 鵺は全身が炎に包まれているにも関わらず、苦しむ素振りも見せない。そればかりか、一際大きな声で笑った。炎が上がる音と、鵺のヒョウヒョウという声が木霊する。


 「さよなら、人間。平穏な、いつも通りの日常が続くのも、あと少し……」

 鵺はそこまで言って、力尽きた。猿の顔も、虎の脚も、蛇の尻尾も、その全てが青い炎で燃え尽きる。気が付いた時には、その場所には灰が残されているだけとなった。


 四人は成すすべも言葉もなく、呆然としたままそれを見つめていた。皆、頭の中では鵺が残した不穏な言葉を反芻していた。


 「……見ろ」

 立ちつくしていた四人の中で、最初に言葉を発したのは磐船だった。鵺の残骸の灰に近づき、小さな金属片のような物をその中から取り出した。よく見ると、それは針か釘のような形をしていた。鈍く銀色の輝きを放っている。


 「鵺が炎に包まれたのは、これが原因だ。霊力が込められているみたいだ。鵺の体に、安全装置のように刺し込んであったんだろう」

 磐船がそれを指先で弄びながら言った。


 「安全装置ですか? どういう事ですか?」

 源が言った。


 「恐らく、この鵺は近頃の妖怪たちの不可解な動向に関して、何かしら知っていたんだろう。それどころか、その原因について深く関わっていたのかもしれない。そして、それについて喋ろうとしたら、さっきみたいに業火に包まれることになるって訳だ」


 「鵺も、その事は知っていたんだろうな?」

 現が磐船に問いかけた。


 「ああ。本人に知られずにこんな仕掛けをするなんてのは無理だろう。分かった上で、わざと命を絶ったんだ」

 磐船が話を続ける。


 「そんであの言動。自分一人ぐらい死んだってどうってことないって感じだった。自分の命より、優先することがあるって振舞いだ。何か思ったより大きい事が動き始めている。何より、これを仕掛けた奴がいるってことが問題だ」

 磐船が指先で摘まんでいるその金属片を、皆に見せるように持ち上げた。


 颯がそれを見ながら呟いた。

 「ですが、そんな仕掛けが出来るのは……」


 現がその言葉に答えるように言った。

 「ああ。中々簡単なことじゃない。信じられんが、この仕掛けをしたのは、高い霊力を持っていて、なおかつ鵺にこんな芸当が出来る、人間だ。妖怪じゃなく人間の仕業だよ」


 


 


 


 

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