第30話 血
その後、四人はその建物内を探索してからそこを離れた。どうやら先ほどの鵺がここにいた妖怪たちの最後の一体だったようだ。もう他の妖怪の物音もせず、気配も感じない。話し合うべきことは多くあるが、ひと先ずは安全な場所まで移動しなくてはならない。移動中も、まだ残党がいる可能性を捨て切らず、周囲の警戒は怠らない。入ってきた時と同じように陣形を組み、建物を出てから工場の敷地内を進んだ。つい先ほどまで騒々しかった敷地内も、今は静かだ。間もなく、ゲートを経て車の元まで戻ってきた。
「よし。ここまで来れば大丈夫だろう。結界の効果はまだ続いているからな」
磐船が一息つきながら言った。
源は、その言葉に少しだけ安堵すると、リボルバーをショルダーホルスターへ仕舞った。手が強張っているのを感じる。他の皆も、武器を下ろしやや気を緩めた姿勢を取った。
「こいつは俺が持って帰って調べてみる。何か分かるかどうかだが……」
磐船が言いながら、先ほど鵺の体に刺さっていた小さな鉄片をポケットに仕舞った。ここに辿り着くまで、落とさぬようにと手の中に握っていたらしい。鵺の最期の言葉も気になる。少しでも、手懸りは多い方が良いだろう。
「僕も僕の方で、色々調べてみます。現さんからの依頼でもありますからね」
颯がコートのポケットに手を突っ込んだままの姿勢で言った。
「あの」
源が口を開いた。三人が源に注目した。
「どうした」
現が、その後の言葉を続けることを戸惑っているような様子の源に話しかけた。
「その、今こんな事を聞くのも変かもしれないんですが、現さんに妖怪の血が流れているというのは……」
源は、先ほど現が鵺に対して言ったその言葉がずっと気に掛かっていた。どうみても現は人間にしか見えない。これまで遭遇してきた奇々怪々な妖怪たちと現が同じだとは、どうしても思えなかった。妖怪の血が流れている、ある意味同族でありながら、妖怪を倒す仕事をしている――そんな事があるのだろうか? 源の脳内に疑問が浮かぶ。
「ああ、その言葉通りの意味だよ。俺の体の中には、妖怪の血が混ざっている」
現が、源が想像していたよりも普通のトーンで答えた。淡々とした口調で、話を続ける。
「と、言っても、実はそれ自体はそんな珍しい事じゃない。妖怪との共存は、大昔から続いてるからな。御伽噺にもあるように、むかしむかしからのお話だ」
源は、現のやや芝居がかったような言い口に、子どものころ読んだ絵本を思い出した。
「妖怪ってのは人間に敵対的な奴がほとんどだが、中には人間に好意的で人の社会に混ざって暮らす異端な奴らもいる。普通の人間と同じように生きる為、人間に化けたり幻術を使ったりして、妖怪だとばれない様にな。そいつらの幾らかは人間と家族になり、子孫を残す。そんな連中の末裔が俺たちだ。いつ妖怪の血が混ざったのかは俺も分からんし、妖怪のお仲間のつもりも無い」
現があっけらかんとした口調で言った。
「というか、実はこの前バーで会ってもらった退治屋連中――、俺は違うんだが、皆妖怪の血が流れているんだ。そこの颯も含めてな」
現の言葉に続けて、磐船が冗談めかすような口調で言った。その言葉に源は目を丸くし、次いで颯を見た。失礼な話かもしれないが、現よりも颯の方がより信じられない。
「ええ。普通の人間なら、あんな芸当は出来ないですよ」
颯がニコッと笑みを浮かべた。相変わらず飄々とした笑顔だ。源は先ほどの、颯のナイフ投げの離れ業を思い出した。
「ただし、妖怪の血が流れている事と、その力が使える事は別だ。普通に暮らしていたら、自身に妖怪の血が流れている事に気付きすらしない。そんな力を持っているという事自体を自覚し、尚且つ使いこなせるようにならないといけない。まあ平和な生活をしていたら無理だろうな。その必要もない」
現がバンの後ろに回り、バックドアを開けながら言った。スカーを荷台のラックに置き、マガジンポーチをベルトから外す。
「もしかしたら、嬢ちゃんの知り合いにも、気づいていないだけで妖怪の血縁がいるかも知らんぞ。世の中、俺みたいな正真正銘の血統書付きの人間ばかりじゃないってことだ」
磐船が再び、冗談めいた口調で言った。
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