第31話 未知数
「そうだ。こちらからも聞いておかないといけないことがあった」
現が磐船に言った。
「嬢ちゃんに術を掛けた時のことだろ?」
磐船がSUVのトランクにネゲヴをガシャリと置きながら返答した。源も、工場の敷地内に入る前に、磐船から結界が効かなくなるという術を掛けられた時のことを思い出した。磐船の
「ああ。何か変なところがあったんだよな? 実は源にも妖怪の血が混ざっていたとか?」
現が少し茶化すようなニュアンスを語気に含ませて言った。
「いいや、妖気は感じなかった。あんな風に術を掛けようとしたら、妖怪の血が混ざっている人間からは多かれ少なかれ、妖気を感じ取れるはずだからな」
決して妖怪の血が混ざっているという現たちに忌避感を持った訳ではないが、磐船の言葉に源は少しだけ安堵した。源も磐船と同じ混じりっけなしの人間ということだろう。
「ただ、あの時実は術は掛けていない。必要無かったんだ。気付いていないだけで、嬢ちゃんは持っている霊力があまりにも高すぎる」
「ほう」
「あの結界は、霊力が無かったり、少なかったりする人間には効くようにできてる。それで、一般人を遠ざける効果があるんだ。逆に言えば、俺らみたいな人間には効果が無い」
源も、現と磐船の会話に真摯に耳を傾ける。
「普通であれば、霊力ってモンは鍛錬で高めていく必要がある。元々、多少人よりポテンシャルが高い人間も中にはいるが、嬢ちゃんはそんな次元じゃない。ちょっとコツさえ掴めば、あっという間に相当な手練れになれるぐらいだ」
磐船が、源にも分かりやすい口調で説明した。
「よっぽどなんですね」
「俺らだって決して弱い訳じゃないが、嬢ちゃんが少し鍛えたら、俺らの誰よりも強い霊力を持つようになるぞ」
「それはそれは」
颯も驚きを隠せないようだが、それは源当人も同じことだった。自身にそんな秘めた才があるとは思いもしなかった。勿論、これまで霊力なんて物を使う機会など無かったからであるが、感覚としてもそんなものを感じたことは無かった。
「源。そんな強力な霊力を持っているってことは何か理由があるはずだ。何か心当たりは無いか?」
現の言葉に、源は大げさに首を横に振った。身に覚えがないばかりか、源自身もその理由を誰かに教えて欲しいぐらいであった。
「まあ、その理由も、追い追い調べていくことにしよう。この稼業にとっては決して悪い点じゃあ無いしな」
現が言いながら、バンの運転席側に回った。来た時と同じように、現が運転席、颯が後部座席、源が助手席に乗りこむ。
「じゃあ、何か分かったら連絡をくれ。こちらも何か掴んだらすぐ報告する」
SUVに乗り込もうとしている磐船に、現が運転席から話しかけた。
「おう」
磐船は簡潔にそれだけ言うと、そのままシートに座り、エンジンを始動させた。よく似合うティアドロップ型のサングラスを掛け、そのまま走り去った。
「さてと、じゃあ俺たちも戻るか」
「そうですね」
現もバンのエンジンを始動させ、車を走らせた。バンは何事もなく、車通りの多い幹線道路まで戻ってきた。
「しかし、源さんにそんな才能があったなんてビックリですね」
「ああ、俺も聞いたことが無い」
颯と現が何ともないような調子で話し始めた。
「いかがです? 刑事を辞めて、退治屋一本でやってくってのは?」
颯の冗談に源は愛想笑いを浮かべた。今のような手伝いこそすれ、皆のように退治屋を本業にしていくなど、少なくとも今は考えられなかった。
「悪くないかもしれないな。もう少し場数を踏んだらだが。さっき鵺を殺した時、どんな感覚だった?」
現の言葉に、源は先ほどの光景を思い出した。飛び散る血肉のどす黒い赤さも、鵺の不快な声も、火薬の香りやフラッシュバンの閃光も、全てを鮮明に思い出せる。きっと、しばらくは脳裏から離れることはないだろう。
「……正直恐怖心が一番です」
「そうだろうな」
「それと、鵺に対して可哀そうだと、少し思ってしまいました」
源は、抱いた感情を素直に伝えた。鵺の前に、源自身の手で野衾も一体撃ち倒していたが、その時は磐船を守ろうとする意志と戦闘の気勢が勝っていた。鵺は、正に手も足も出ない状態で、痛めつけられているのを目の当たりにした違いがある。
「それも、普通の反応だ。経験が浅いうちはな」
現の言葉を、源は黙って聞いた。
「だが、その感情を捨てなくてはいけない場面に遭遇することもある。人間が皆同じでは無いように、妖怪にも色々いる。そして、概して妖怪はそんな人間の感情に付け入るのが上手い。同情や憐憫から隙を見せて、その途端妖怪に喰い殺された退治屋だっているんだ」
現の言葉には、真に迫ったものがあった。
その後もバンはスムーズに道を走り続け、颯の事務所が入っている雑居ビルまで到着した。
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