第69話 不死
首が再生しつつある刑部は、一転その動きを止めた。不気味な置物のようにその場に立ちすくんでいる。
一行は武器を刑部に向けたまま、ゆっくりと距離を取った。首を破壊しても死なない。妖怪としても尋常ではないことだった。無駄弾を撃つ訳にもいかず、一行は警戒したまま離れることを選択した。そうしながらも全員、次の手を何とか考え出そうと努める。
源もSAKURAの銃口を刑部――完全に化け物と化してしまったかつての上司に向けたまま、一瞬だけ玉藻前に目をやった。柵の向こうに立ったままの玉藻前は、顎に手を当てた姿勢で皆を吟味するかのように見ていた。その顔には微笑すら浮かんでいるように見えたが、よく確認する前に、視線を刑部に戻した。
「今のは驚いた。流石に俺も死ぬかと思ったよ」
刑部が喋った。粉砕されていた頭部は、いつの間にか頬の辺りまで治りつつあった。声帯も回復した為に、喋ることも可能になったのだろう。
「人間離れどころか、妖怪としても異常だな」
「そいつは嬉しい。人間から遠ざかれば遠ざかる程、理想に近づく」
現の言葉に返答する刑部の頭部は、ほぼ元に戻りつつあった。シルエットは完全にできあがり、黄金色の両眼も元通りだ。まだ筋繊維が剥き出しの顔に光るその両眼には、狂気が宿っていた。
刑部が右腕を振り上げた。一行からは距離がある。その行動の意図を皆が理解する前に、その腕が振り下ろされた。
瞬間、その腕から放たれるように、何かが一行へ向かって飛んでいた。少なくとも十数個。小さな影が風を切って飛来する。
一行も再び分散するようにしてそれを回避する。今度はだれも被弾することはなかった。その内のいくつかは地面に衝突した。
一行は刑部への注意を怠らないまま、それを確認した。
木の葉だ。刑部が術を使用する際、必ずと言っていいほど使用する、何の変哲もない木の葉。狐狸妖怪の証でもある術だ。ただの木の葉ではあるが、刑部の手にかかればそれは危険極まりない飛び道具と化すようだ。実際、固い地面に何枚かの木の葉が手裏剣のように突き刺さっていた。
何も反撃をしない訳にもいかず、現が発砲した。銃弾を節約するためにも一発のみ。銃口から飛び出した5.56ミリ弾は刑部の胸部に命中。しかし、何度も見た光景のように、その場に木の葉を散らしてその姿が消えた。
今度はすぐさま刑部がその姿を現した。先ほどとは異なる場所だが、一行からは距離がある場所だ。現れるや否や、再び腕を振る。するとまたもやその腕から木の葉の弾丸が放たれた。
今度は印付が発砲した。MDRXは磐船に渡した為、モデル59だ。飛来した木の葉を辛うじてかわすと、立ったまま素早い連射で応戦した。
しかし結果は同じだった。9ミリパラベラム弾が命中すると同時にその姿を消す。
「らちが明かないですよ」
「だが、確実に効いてる。こちらに近づいてこなくなった。さっきのダメージがまだ完全に回復していないようだ。決して不死身じゃない」
印付の言葉に現が答えた。確かに、先ほど磐船に頭部を手榴弾で破壊された後は、白兵戦を仕掛けてきていない。
再び遠方に刑部が現れ、木の葉を飛ばしてきた。颯が素早く投げナイフを投げる。しかし、銃弾であろうが投げナイフであろうが、結果は同じだった。刑部の姿が再び消えた。
全員は同時に、再び回避行動を取った。しかし、源が避けきれなかった。飛来した一枚が、源の足首を切り裂いた。源も、その衝撃で思わず倒れ込んだ。
「源」
現が呟きながらその傍らにしゃがみ込んだ。源の傷口を見ると、くるぶしの辺りが綺麗に切り裂かれ、鮮血が溢れている。立ち上がるのは難しそうだ。
「畜生、なぶり殺しにされそうだぞ」
「せめて、次どこに姿を現すか分かれば……」
磐船と印付が四方に銃口を向けながら、源をカバーできる位置に歩を進めた。その際、独り言のように呟いたその言葉を源は聞き逃さなかった。
「現さん、銃を」
源が短刀を取り出しながら言うとほぼ同時に、現がスカーを源に手渡した。源はしゃがんだまま見よう見まねでスカーを構えたが、短刀を左手に持っていることもあり、安定しない。現がそれを補助するように、スカーの
源は目を閉じ、意識を集中させると、スカーの銃口を周囲に巡らせた。そしてある一点でピタリとその銃口を止めた。何も無いように見える場所だ。源は呼吸を止めると、素早く三度、引き金を引いた。
刑部がその場所に姿を現すのと、5.56ミリ弾がそこに辿り着くのは正に同時だった。三発の5.56ミリ弾が刑部の腹部――先ほど玉藻前が手を突き込み、妖気を分け与えたその部位に命中した。姿は消えない。確実に銃弾は腹部を貫いた。鮮血が飛び散る。
源は霊力を使って、玉藻前の妖気の位置を探ることができる。その為、源は玉藻前の妖気を分け与えられた刑部の位置も探ることができるのではと閃き、実行した。刑部が術を使って姿を消しても、それは有効だったようだ。
刑部は呆然とした表情のまま自身の腹部を見た。源の霊力の強さと5.56ミリ弾自体の威力もあり、負った傷口からは止めどなく血が溢れる。刑部は力なくその場に倒れ込んだ。
源は止めた息を、ゆっくりと吐き出した。
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