第65話 正体

 「そいつを返してもらう」

 「それはできないな」

 スカーの銃口を向けたまま言った現に、刑部はあっけらかんとした口調で答えた。


 誰も発砲はしない。つい先ほど、銃弾を受けても何ともない様を見せつけられている。下手な攻撃はできない。


 「刑部さん、どうして、いつ……」

 源が震える声を発したが、まともな質問にすらなっていなかった。手に握ったSAKURAの銃口は、地面に向けたままだ。


 「源。少し落ち着け」

 刑部が平然と言った。


 「教えてやる。いつからだって言ったな? だよ。妖怪を操って廃病院でうろつかせて、噂になるようにしたのも俺だ。噂につられてやって来た人間を殺せば、間違いなく警察も動くことになる。退治屋たちが対処しきれないように、他の場所にも妖怪たちを現れさせてな。かなり回りくどいやり方になったが」


 「どういうことだ?」

 「順を追って話す。前から知ってたんだよ。源が殺生石を探し出せるってことをな。一緒に刑事として働いていたら、源の強力な霊力に気づく機会はいくらでもあった」

 現の言葉に刑部が答えた。手にした小箱を皆に見せるように持ち上げた。


 「源の霊力に気づいてから調べたんだ。時間はかかった。関係する古文書の類も探し出した。殺生石が砕かれていないこと。欠片の守護者のことやその能力。最後の守護者がいた地域。そして、源がおそらくその末裔であること」

 全員、武器は決して下ろさないままで刑部の言葉を聞いた。源の祖母の家で見つけた古書。あれの写しや、関連する書物や何かが存在しない証拠はない。


 「源が守護者たちと同じ能力を使えるのではないかと閃いたのは、お前たちと同じだ。だが、源に全てを話して欠片を探ってもらう、なんて訳にもいかない。妖怪だ霊力だなんだと、一般人からしたらまともじゃない。無理矢理欠片を探させるなんて手荒な真似もやりたくない。源は大切な部下だからな。それに目立つ動きをしたら、お前たち退治屋に俺のことを嗅ぎつけられる恐れもあった」

 刑部は源をチラリと一瞥いちべつしてから話を続けた。源はSAKURAのグリップをギュッと握り直した。


 「そこで、あることを思いついた。源が自然と自分の能力に気づくような環境に導いて、欠片を見つけたタイミングでそれを奪えばいい。急ぐ必要はない。それには、源とお前たち退治屋連中を引き合わせる必要があった。源を、必要がな」

 「計画通りってことですか」

 「そうだ。廃病院でタイミングよく退治屋が来てくれたのはラッキーだったよ。妖怪と遭遇した一般人がいたら、いずれ退治屋たちから接触してくるとは思っていたが。俺の怪我も計画の内だ。怪我で仕事も休んでるって体の方が動きやすくなるからな。霊力も妖気も抑えこんで、餓鬼に噛みつかれるのは辛かったよ」

 刑部の言葉に印付が反応した。MDRXの照準は、刑部にしっかりと合わせている。


  「あの時会ったのはお前だったな? 現さん」

 刑部が現に目線をやった。現はスカーを構えたまま、口は開かない。


 「色々調べる上で、お前たち退治屋のことも調査させてもらった。雑木林や源の祖母の家では直接その力を見ることもできた。俺と同じように、妖怪の血を引いている者が多いことも知った。能力を確かめる為に、源に痛い目に遭ってもらったこともあったが」

 源は、以前野衾に噛まれた箇所が痛んだような気がした。


 「だが、結果的には全て俺の理想通りになった。お前たちの事は素晴らしいと思っている。殺生石の周辺でもちょっと妖怪に不穏な動きをさせたら、答えに辿り着いた。源の霊力の高さ、殺生石の伝説、それらから上手く異変の原因を考え出した。実に素晴らしいことだよ。本当に素晴らしい」

 刑部の声が、少しだけ大きくなった。


 「どうして? という質問の答えなら簡単だ。玉藻前が封印されているから。それだけだよ。それも、何百年という長い時間に渡ってだ。俺と同じ狐狸の妖怪、それも神話に等しい存在だ。そんな存在を助けることができるなら、誰だってそうするだろう。源。お前も人が苦しんでいるなら助けたいと思うだろう?」

 「……それは人だからです。妖怪は――」

 「俺は、。自慢じゃないが俺はね、物心ついたときから自身に妖怪の血が流れていることを本能で悟っていた。凄いだろう? 源に先祖の霊力が強く現れたように、俺には妖気が強く現れたんだな」

 源の絞り出すような言葉に、刑部は何も変わらない様子で答えた。


 「お前たちは、自分のことを妖怪の血が混ざった人間だと思っているだろう? 磐船さんは混ざっていないようだが、自分を人間だと考えているなら変わらない。人間という生き物の範疇だ」

 磐船がネゲヴを構え直した。ベルト状の弾薬が揺れて、カチャリと音が鳴った。


 「だが、俺は違う。妖怪の血が混ざった人間ではない。人間の血が混ざった妖怪だと考えている。血が薄い、濃いなんてのは些細な問題だ。お前たちが人間の為なら妖怪を殺すように、俺は妖怪の為なら人間を殺す」

 源の脳裏に、廃病院で息絶えていたカップルの姿がフラッシュバックする。


 「玉藻前の復活は、妖怪にとって大きな意味を持つことになる。あの鵺や磯女、他の妖怪たちは必要な犠牲だった」

 刑部が手にした小箱を、不意に握りつぶした。掌を上にして開いたときには、何の変哲もない小石――殺生石の欠片だけがそこに乗っていた。



 「やめろ!」

 現が叫ぶように言いながらスカーを発砲した。5.56ミリ弾は刑部の右肩に命中した。刑部の黒い衣服の破片が飛ぶ。


 「邪魔するなら、容赦はしない」

 刑部の肩は無傷だった。手にした小石を殺生石に叩きつけた。その手は、いつの間にか獣のような茶色い剛毛で覆われ、鋭い爪が生えていた。そればかりか、衣服を破らんばかりにその腕が太くなっていった。


 人間であるはずの刑部が、妖怪へと変わっていった。


 

 



 

 

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