第64話 再会

 殺生石までの道をバンとSUVが駆け抜けていく。時刻はもうすでに夕方だ。有毒ガスの噴出などと理由をつけて、現地が封鎖されているという話も本当のようだ。観光地だけあって、道中には旅館や観光案内センター、大型の駐車場等もあるが、今はほとんど車も停まっていない。


 そのうちに、到着した。殺生石に最も近い駐車場だ。広めの駐車場で、公衆トイレも併設されているような観光地によくある種類の駐車場だ。ここには何台かの車が停まっていた。


 バンとSUVが停車し、皆が降りてゆく。全員、重装備だ。全員プレートキャリアを着込み、それに取り付けたマガジンホルダーに各々の銃のマガジンを入れている。磐船と颯はそれぞれ手榴弾も身に着けていた。プレートキャリアの脇腹の位置にあるポーチに、磐船は破砕手榴弾、颯は閃光手榴弾を二個ずつ装備していた。


 颯が装備しているのは鵺との戦闘でも使用したM84スタングレネード。磐船が装備してるものはM67破片手榴弾と呼ばれるものだ。破片手榴弾はその名の通り、爆発によって破片を周囲にまき散らし、標的へダメージを与える武器だ。M67はおおよそ半径十五メートル内に有効な被害を与えると言われている。狂暴なその威力に反し、リンゴに似た形をしているためアップルというユニークな愛称で呼ばれている。


 「こりゃあ、こっちの退治屋たちの車だ」

 磐船がネゲヴのスリングベルトを肩から掛けながら言った。駐車場に停まっている車はセダンやピックアップトラックなど、車種は異なったが現のバンのようにスモークガラスが取り付けられた車もあった。搭乗者がいる車は一台も無かった。


 一行は早足で移動を始めた。駐車場から殺生石までは、木製の遊歩道が整備されており、その入り口には殺生石の物語が書かれた看板も立てられている。普段であれば、観光客で賑わう名所であろう。


 「あれ」

 一行が遊歩道に足を踏み入れてすぐ、辰宮が声を上げた。殺生石の方を指さしている。殺生石の周辺は緩やかな傾斜の山肌が広がっている。雑草がところどころに生え、殺生石以外にも岩や石がゴロゴロと転がっている。


 その殺生石のすぐ前あたりに、二人の人物が立っていた。観光客が入れないよう備えられた手すりも越えた先だ。距離がある為に、一行から細部はよく分からないが、一方の人物が、相手に拳銃を突き付けているのは理解できた。二人の距離は数メートルしか離れていない。


 そして、そこへ向かうまでの道のそこら中に、人が倒れていた。遊歩道の上に倒れている者もいれば、石だらけの地面の上に血まみれで突っ伏している者もいる。七、八人はいるだろう。服装や性別は様々だが、その誰もが手元に銃を落としていた。退治屋たちだ。


 全てが夕日で照らされている。


 一行は走った。殺生石までの距離を示す案内板が、人の気も知らないように傍らに立っている。


 銃声がとどろいた。向かって右側にいる人物が発砲したようだ。しかし、撃たれたはずの人物は平然と立っている。二発。三発。続けて銃声がしたが、相変わらず撃たれた人物はびくともしなかった。そして、その撃たれた方の人物が悠然と片腕を持ち上げた。その手にも拳銃が握られている。


 一行が声すらあげる間もなく、その引き金が引かれていた。つい先ほどまで逆に相手に銃弾を撃ち込んでいたはずのその人物は、胸を撃ち抜かれて力なく後ろへ倒れ込んだ。飛び散る血しぶきが、夕日に照らされてキラキラと光る。


 そしてその時、タイミングをうかがっていたような絶妙のタイミングで、はるか上空からその人物の元へ妖怪が降下してきた。ふらり火だ。その燃え盛るような独特のシルエットは、まだ遠くにいる一行からも分かった。そしてほぼ間違いなく、殺生石の欠片を持っている妖怪。一行は、より足を速めた。


 妖怪が降下してくるのに合わせ、その人物は拳銃を仕舞うと、代わるように取り出した何か小さな物を上空に投げ付けた。真っすぐ飛翔したそれは、ふらり火の手前で何か見えない壁にでもぶつかったかのように砕けた。同時に、周囲にパキンとガラスでも割ったかのような音が響いた。


 「結界が」

 走りながら颯がうめき声をあげた。もう距離もそれほど遠くない。


 降下してきたふらり火は、そのかぎ爪に掴んでいた小箱をその人物の手に落とすと、そのままその足元の岩に乗った。妖怪ではなく、飼いならされた鳥のようだ。


 現が一旦立ち止まり、スカーを発砲した。5.56ミリ弾がふらり火を貫いた。その人物への威嚇の意味もある発砲だ。


 その人物が、ゆったりとした動きで一行の方へ振り向いた。全身黒づくめの服装。そして同じく黒の目出し帽をかぶっている。


 一行はそのまま走り続け、その人物の元へたどり着いた。殺生石の前は、ちょっとした広場になっている。そこに辿り着いた一行は、それぞれが持つ武器を構えた。


 その人物は、目出し帽に手を掛けるとためらいなく脱いだ。


 刑部だ。妖怪に襲われ、入院しているはずの。源の尊敬できる上司で、立派な刑事であるはずの。こんな現実とはとても思えない騒乱になど関わっていないはずの。そんな人物が、間違いなく皆の目の前に立っている。


 刑部は、一行を何とも言えない表情で見つめている。


 「……刑部さん」

 源がか細い声で呟いた後、刑部が口を開いた。源にとっては、何度も聞いた安心できるはずの声。


 「ああ。待っていたよ」


 


 

 


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る