第19話 会話
「おお、源か」
病室に入った源に、先に刑部が声を掛けてきた。この病室は個室のようだ。室内には刑部しかおらず、窓際にベッドが置かれている。窓から入り込む昼下がりの日差しが、病室内を柔らかく照らしていた。
刑部はベッドの上に横になっていたが、眠ってはいなかったようだ。源の姿を確認すると、ゆったりとした動きで上半身だけ起こした。
真っ白な掛布団がめくれると、ギプスで固定され包帯が巻かれた左肩が見て取れた。実に痛々しい姿だ。
「お見舞いに来ました。本当は昨日来られたら良かったのですが」
「何を。来てくれただけでも嬉しい」
源は刑部と会話しながら、ベッド横まで近づいた。持ってきたフラワーアレンジメントを枕元のサイドテーブルに置く。
既に他の見舞客も来ていたようだ。フルーツや差し入れの本などが既にサイドテーブルに置かれていた。
「昨日、署の連中も来てくれたよ。皆多忙なのに、有難いことだな」
刑部がそれらのお見舞いの品を見ながら言った。
「怪我の具合はいかがですか?」
源がベッド脇に置かれた椅子に腰かけながら問いかけた。
「どうやら治るには少し時間が掛かるようだよ。手術もあと何度かしないといけないらしい。筋肉や筋だけでなく、骨まで思ったより深い傷がついているそうだ」
刑部が少し自嘲したような口調で答えた。
「……そうですか」
源が呟くように言った後、少々沈黙の時間が流れた。壁に掛けられた時計の針の音や、備え付けの小さな冷蔵庫の稼働音が大きくなったような気がした。
「……なあ、昨日の現場での事なんだが」
沈黙を破り、先に口を開いたのは刑部だった。やはりその話をしない訳にはいかない。源も気が張った。
「……はい」
「昨日の事は現実だよな? 夢とか幻じゃなくて……」
「はい。私も見ましたので。信じられませんが……」
源は昨夜バーで聞いたことを、刑部にも話そうかと迷いに迷ったが、堪えた。
刑部も現場に復帰できるのはしばらく掛かりそうだ。それに、御伽や現たちの了承を得ずに話をするのも得策ではないだろう。少なくとも、このタイミングではない。
「そうだよな……。俺も怪我を負った後意識が朦朧としていたから、悪夢でも見ていたのかと。源、このことは外には漏らさないでおこう。少なくとも、俺が退院できるまでは。まあ、犯人は化け物でしたなんて、報告する訳にもいかないが」
「はい。承知しました」
「医者にも言われたよ。どんな凶器を使ったらこんな傷になるんだって。適当に誤魔化しておいたけどな」
刑部は、再び軽くおどけたような調子で言った。
源は、刑部が廃病院で起きたことを秘密にしておこうと提案してくれたのは、幸運だと思った。もし刑部から切り出してくれていなかったら、源の方から提案していただろう。
その後、源と刑部は他愛ない会話を続けた。時折、刑部は肩口が痛むそぶりを見せたが、それ以外はいつもと変わらないような振る舞いだ。そんな様子を見て、源は少しだけ安堵した。
「では、今日はこの辺りで失礼します」
源は、頃合いを見て切り出した。駐車場に現も待たせている。ゆっくりしてきてくれとは言われたが、あまり長時間待たせ続けるのも忍びないだろう。
「ああ、今日はありがとな。今回のヤマのことは、俺が退院してから改めて調べよう」
「はい。まずはゆっくり体を休めてください。また、近いうちにお邪魔します」
「おう、源も気をつけてな」
源は椅子から立ち上がると、刑部に一礼し、そのまま病室を出た。刑部の容体を知れただけでも、わだかまりが軽くなった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます