第20話 依頼

 「お待たせしました」

 車まで戻った源は、助手席に座りながら現に声を掛けた。


 「早かったじゃないか。もう良いのか?」

 運転席のシートを軽く倒し、リラックスした体勢で待っていた現が答えた。


 「ええ、もう大丈夫です」

 刑部の顔が見られただけで、だいぶ心持ちが違っていた。いまやるべきことは、怪物たちの不穏な動きとやらを探るために、早く捜査を行う事だろう。刑部の為にも。


 現は源の言葉を聞くと無言で頷き、シートを元に戻した。


 エンジンをかけ、シフトレバーをDドライブに入れた。病院の駐車場を出て、幹線道路まで出た。


 「様子はどうだった?」

 現が赤信号で車が止まったタイミングで、源に話しかけてきた。


 「はい。思っていたより重症でしたが、いつもと変わらない感じで、少しだけ安心しました」

 「そうか。退院できるのはまだ先になりそうなのか?」

 「そのようです。手術も、まだ行わないといけないそうなので」

 「そいつは難儀だな。あの時俺がもう少し早く到着していれば……」

 「現さんのせいじゃありませんよ」


 信号が青に変わり、車の列が進み始めたが、話を続けた。


 「しかし、彼もタフな男だな。こんな事件に巻き込まれたら、もっと気が滅入ってしまっても可笑しくない」

 「ええ、刑部さんは、強い人ですよ」

 「信頼してるんだな」


 現の言葉を聞いて、源は刑事としての出来事を振り返った。刑部はいつでも冷静で、正に刑事然とした人だ。刑事となってまだ日が浅い源にとって、信頼や尊敬、素直にそういった感情を抱かせてくれる上司だと思う。


 「また余裕があったら、病院に行く時間を取っても良いですか?」

 「ああ、構わんよ」


 その後しばらく車を走らせ、目的の場所へたどり着いた。浦松駅から車で十五分ほど離れた場所にある、雑居ビルだ。ビル横の舗装されていない駐車場に車を停め、二人とも車を降りた。


 「ここですか?」

 「そうだ。ついて来てくれ」


 現の後ろに従うように、源もビル内に入っていった。四階建てのようだ。薄汚れた灰色の外壁が、日本中のどこにでもあるありふれた雑居ビルの雰囲気を醸し出していた。


 中はせせこましく、奥に押し込められるかのようにエレベーターが設置されていた。その横には幅が狭い階段があり、上階へと続いている。


 現はエレベーターを呼び出すと、中に乗り込んだ。源も続く。中は少し埃っぽい匂いがする。


 現が四階のボタンを押した。エレベーターが上昇し始める。


 源はエレベーターのボタン横に取り付けられたパネルを見た。各階のテナントの名前が張り付けられていた。


はやて探偵事務所たんていじむしょ


 それが、四階のテナント名だった。


 エレベーターはすぐに目的の四階へ到着した。エレベーターのドアが開くと、目の前にすりガラスで出来たドアが見えた。ドアにも白い字で颯探偵事務所の文字が書かれている。


 現はそのドアを開けると中に入った。源も後に続く。


 中はそれほど広くなかった。正面にパソコンや書類が置かれたデスクが一つ。デスクの後ろにはブラインドが取り付けられた窓があった。右側にはパーテーションで区切られた面談用のスペースがあり、テーブルと、そのテーブルを挟んで向き合うようにソファが置かれていた。そして、部屋の左側には本棚が並べられ、数多くの本やバインダー、ファイルの類が入れられていた。


 その本棚の前に、一人の男性が立っていた。資料を出すか、片付けるかしていたようだ。


 その男性は中に入ってきた現たちを見て、声を掛けた。


 「やあ現さん。こんにちは」

 「よう颯。今日はちょいと直接話をしに来たぞ」

 「ご依頼ですか?」

 「ああ。それもあるが、紹介したい人がいてな」

 

 現は後ろにいた源を手で指し示した。


 颯と呼ばれた男性は、源の顔を見ると人好きがする笑顔を浮かべて挨拶をした。

 「初めまして。ハヤテ玲吾レイゴと言います」

 

 颯はスラリとした、モデルのような青年だった。年齢も若く、源よりも年下だろう。中性的な顔貌をしていて、全体的な色素が薄いような雰囲気をしている。見れば誰もが美青年だと言うだろう。浮世離れしたような、そんな佇まいも感じさせた。


 颯は自己紹介を続けた。

 「表向きはここでしがない探偵をやっています。実際は、現さんたちと同業者ですけどね」



 

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