第12話 一時

 源はパトカーで病院までの最短のルートを飛ばした。赤色灯を光らせ、今度ばかりはサイレンも鳴らす。


 助手席の刑部が短く唸る。痛みに耐えているようだ。瞼は固く閉じられている。


 署への連絡もつい先ほど終えたところだ。勿論、病院で刑部が怪我を負ったこと、病院へ搬送中ということは伝えたが、犯人の風体はよく確認できず、逃亡したと虚偽の報告もした。


 源も重々悩んだ末のことだが、見たままのことを報告するわけにはいかなかった。廃病院で怪物に襲われ、謎の人物に助けられたなどと、信じられる訳もない。


 その内、浦松市内にある総合病院へ到着した。救急外来の入口近くにパトカーを停める。運転中に連絡をしてあった為、すかさず病院内から数人の看護師が飛び出してきてくれた。ストレッチャーも準備してある。


 助手席の刑部をストレッチャーに乗せると、そのまま入口へ入っていった。源も続いて入ると、刑部が治療室へ運び込まれるのを見守った。


 その後、別室で怪我を負った状況等を聞かれたが、源はここでも内容を濁して伝えた。命に別状はなさそうだが、手術も時間がかかりそうだ。


 源はパトカーに戻る前に、病院の廊下に設置された自動販売機でコーヒーを購入した。紙コップで提供されるタイプのものだ。少しでも、心を落ち着かせる必要がある。


 出来上がりを知らせるライトが光り、紙コップを手に取った。コーヒーの水面が揺れているのを見て、源は自身の手が震えていることを知った。コーヒーに口をつけるが、味がしない。数時間前に署で刑部と共に飲んだコーヒーとはまったく別の飲み物のように感じた。


 そのまま、源はパトカーまで戻ると運転席に座った。思わずハンドルを抱きしめるように突っ伏する。


 これからのことを考え、気分が重くなる。このような事態に巻き込まれるとは、夢にも思っていなかった。


 まずは、現況を報告しなければ、と無線に手を伸ばしかけた時。


 逆に通信が入った。応答をする。


 「源君か? 御伽オトギだ。状況を聞いたよ。大変な事態だな」

 声の主は、源たちが所属する浦松市中央警察署の刑事一課長である、御伽一成オトギカズナリ警部のものだった。銀縁の眼鏡を掛けており、厳格な教師を思わせる容姿をしている。源が署へ行った報告が御伽の元にも届いたようだ。今は刑事一課の部屋にいるのだろう。


 厳格な容姿にたがわない固い声で続ける。

 「今は病院か? 刑部の容体はどうだ?」

 「はい。病院に着いて、既に治療室に運ばれました。命に別状は無さそうですが、重症です」


 源も御伽の声を聞いて、少し身が引き締まる感覚がした。

 「刑部さんがこのような事になったのは同行していた私の責任でもあります。申し訳ございません」

 

 御伽も源の後に続ける。

 「あまり自分を責め過ぎるな」

 「しかし……」

 「今回の一件の報告はしっかりしてほしいが、今必要なのは休むことだ。相当疲れた声をしているぞ」


 どうやら無線越しでも分かるほどの声色のようだ。


 「まずは一日しっかり休め。報告等はそれからで良い。それまでこの件は任せろ」

 「よろしいのでしょうか?」

 「ああ。そちらの方が、君にとってもこちらにとっても良いだろう」


 不甲斐なくも思ったが、正直源にとってありがたい申し出だった。混乱した頭を整理するのに、今は時間が必要だ。


 「申し訳ございません。では、そうさせて頂きます」

 「よし」


 通話はそこで終了した。


 源はパトカーを運転すると、浦松中央署まで戻り、自身の車に乗り換えた。署内に一度入るべきかとも考えたが、今は誰とも顔を合わせたくなかった。


 車を運転し、住んでいる賃貸アパートまで戻った。源の部屋は二階にある為、階段を昇る。脚がひどく重いように思えた。


 自室の部屋へ入ると、スーツのままベッドに倒れこんだ。


 瞼を閉じると、先ほどの光景が脳裏に浮かぶ。


 怪物、轟く銃声、無煙火薬の匂い、謎の男、血。


 どろどろとした空想の中に溶け落ちるように、そのまま源は眠りに落ちた。

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