第13話 日常

 源が目を覚ました時、既に時刻は昼を回っていた。外を走るトラックの音で目を覚ましたようだ。スーツ姿のまま、すっかり眠り込んでしまった。


 ベッドから降りると、のろのろと服を脱いだ。まだ脚が重いような気がするが、睡眠を取ったおかげか幾分か気分は良くなったように思える。


 そのまま浴室へ入ると頭の上からシャワーを浴びた。いつもより冷たい温度に設定する。キリッとした冷水が全身を包んだ。全身が鳥肌立つが、心身がリセットされるような気分がする。


 壁に手をつき、シャワーを頭から浴びながら、まず考えたのは刑部のことだった。手術は無事に終わったのだろうか。昨夜のことを思い出す。刑部の肩に深く喰らい付いた、あの怪物。


 シャワーを浴び終えると、ルームウェアに着替え、ソファに座った。テレビの前に設置してある二人掛けのソファだ。思えば、自室にいるときはこのソファに座っている時間が圧倒的に長い気がする。


 御伽警部の言う通り、休む時はしっかり休むことが大事だ。中途半端は良くない。休むときはしっかり休み、改めて捜査に打ち込む。勿論、それでも勝手に脳内には様々な考えが巡る。


 刑部の容体は? 犯人は逃亡したと虚偽の報告をしてしまった。居もしない犯人を捜査するために、新たに人員が割り振られたのだろうか?


 居ても立っても居られず、源は署へ連絡しようとしたが、辞めた。御伽警部の性格上、休日の刑事が捜査に関わることを連絡してくることは好まないだろう。


 気を紛らわせるように、テレビをつけた。いつもやっているワイドショーが映し出される。どうやら最近流行っている映画のことを特集しているようだ。カーテンを閉め切った窓の外からは、鳥の鳴き声が聞こえる。


 あまりにも、日常的な風景。昨晩の非日常な出来事が嘘のようだ。


 源はソファの背もたれに寄り掛かったまま、漫然とテレビを眺めていた。時間だけが、刻刻と過ぎていく。


 電話を掛けようと、源は思い立った。署にではなく、昨晩のあの謎の男にである。ソファから一旦立ち上がり、スマートフォンと、メモ帳を手元に持ってくる。


 ――落ち着いたら、連絡をくれ。こんな事が起きた以上、あんたには説明しなければならない。


 あの男性の言葉を思い出す。この身に起きてしまったこの異常な事態を解決させるには、あの男性に頼るしかないだろう。


 メモ帳を開く。どのページにもぎっしりと書き込みがされている。これまで刑事として関わってきた全てが書かれていると言っても良いメモ帳だ。


 そして、最後のページに書いた電話番号を確認すると、スマートフォンを手に取った。ひとつひとつ、間違えないように番号をプッシュした。


 数回呼び出し音が鳴り、相手が出た。


 「もしもし。昨日病院で会ったアンタか?」

 昨日聞いたのと同じ、低くてしゃがれた声。


 「はい。伺った通り、連絡しました」

 源も答えた。どんな結末になるかわからないが、全てを知るべきだと、源は一人考えていた。

 

 




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