第14話 扉
源は浦松駅の構内にいた。在来線の改札から出た正面にある柱に背中を預け、スマートフォンの画面を確認していた。時刻は十八時半を過ぎたところ。退勤中、下校中、買い物帰りなど様々な人々が駅を出入りしている。
先ほどの通話内容や、ここに来るまでのことを思い出す。
「説明するために、来てもらいたい場所がある。時間を作れるか?」
「大丈夫です。何なら今日にでも」
「それは都合が良い。場所を送るから、今日の十九時頃に来てくれ」
通話が終わった後、源のスマートフォンにショートメッセージが送られてきた。
住所だけ書かれた、簡素なものだ。
そのままマップアプリで住所を検索した。意外だったのは、指定された場所が浦松市の歓楽街にあるバーだった点だ。間違いかと思い、何度か調べてみたが正しい様だ。
何であれ、行くしかない。源の自宅から指定された場所まで行くには、車やタクシーより電車の方が早いだろう。時間に間に合うように準備し、着慣れたパンツスーツを着て家を出た。
そして現在に至っている。いざあの人物に会うかと思うとやはり緊張する。それでも行くしかない。源は歩き出した。
浦松駅の北口から出る。やはり、構内に比べて外は寒い。北口から出ると、すぐ左手には百貨店が見えた。買い物を終え、百貨店の紙袋をもった客たちが笑顔で出てくる。家族連れや、カップルの姿が目立つ。幸せそうな光景だ。
百貨店を左手に通り過ぎながら、源は歩き続けた。指定されたバーがある歓楽街まで、駅から徒歩で十分ほどかかる。
スクランブル交差点を超え、歓楽街まで来た。時間的なこともあり、だいぶ賑わっている。仕事終わりの会社員やサークル仲間であろう大学生たち。すでにほろ酔いで上機嫌な人も多い。これからまた別の店に行くのだろうか。
そんな人ごみの中を構わず進んでいく。看板のネオンや人々の声が華やかで騒々しい。今日もこの街は、いつもと変わらず過ごしてゆく。まるであんな事件など無かったかのように。
源はスマートフォンのマップアプリで指定されたバーの場所を改めて確認した。メイン通りから隣の裏路地に入った場所にあるようだ。画面を都度確認しながら、その路地を歩いていく。やはり、多少人通りも少ない。
マップアプリが、到着したことを伝えた。ここだ。源はそのバーの外観を眺めた。こじんまりした感じのバーだが、特段変わった様子はない。他の居酒屋やスナック、バーが連なる風景に馴染んでいるように思えた。
意を決して、バーのドアを開けた。ドアに取り付けられた、来店を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
答えてくれたのは、バーテンダーだった。女性の声。鳴ったベルの音に負けないような透き通った声。
源は店内を見渡した。カウンターにスツールが五席と、その横に小さな四人掛けのテーブルが一つだけ。カウンターに二人、テーブル席に向かい合うように二人の客が座っている。やはり外観の通りこじんまりとしたバーだ。シックで朧げな照明が、店内を照らしている。
「よう。来てくれたか」
次に聞こえた声は、そのテーブルの奥側の席に座っていた男性のものだった。紛れもない、昨晩あの廃病院で会った男性だ。
そしてその向かいに座っている別の人物を見て、源は愕然とした。バーの入り口に背を向ける席に座っているが、上半身を捻りこちらを向いている。
御伽警部だ。なぜ御伽警部がここに? 源は理解が追い付かなかった。昨日、御伽警部とは会話をしたばかりだ。あの男性と御伽警部が知り合いだと言うことか? 御伽警部も何か知っているのか? 源はひどく困惑した。
「まあ、まずは座ってください」
入り口に立ったままの源に、再びバーテンダーの女性が声をかけた。
「ここにいるのは、信頼できる関係者だけです。今日は貸し切りにしてありますから、心配ありませんよ。ゆっくりお話をしてください」
源の心の中を見透かしたように、バーテンダーの女性が微笑みながら言った。
カウンターに座っている二人の客も、源の方をちらりと見る。
源は訳も分からないまま、御伽警部の隣の席に座った。さっきまで見慣れた街中にいたというのに、まるで夢や幻想の中の奇妙な世界に紛れ込んでしまったように、源は感じた。
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