第15話 紹介

 「何か飲むか?」

 席に着いた源に対して、その男が真っ先に発した言葉は、拍子抜けするほど普通なその言葉だった。


 源は黙って首を横に振った。今は酒を飲む気分では無かった。素面の状態で、しっかりとした説明を聞きたかった。


 「食べる物はどうだ? ひょっとしたら、何も食事をとっていないのでは?」

 次に口を開いたのは隣の御伽警部だった。いつも署で上司として接しているのに、ここでこうして会っている奇妙な状況に、落ち着かない。


 ただたしかに、昨日病院で飲んだコーヒー以来、何も口にしていなかった。


 「辰宮タツミヤさん。すまんが、何か軽く食べられるものを貰えないか?」

 源の表情から察してか、源が何か言う前に御伽はバーテンダーへ注文をしていた。その女性も相変わらず微笑んだまま、静かに頷いた。バーテンダーの女性は、辰宮という名前なのか。


 「さてと、じゃあ話を始めようか」

 その男が切り出した。


 源は改めて、テーブルを挟んで向かい合っているその男を見た。ワイルドな顔立ちの男性は、中々端正と言える顔立ちと言えるが、鋭い眼光をしていてどことなく危険さを感じさせる雰囲気を醸し出していた。だが、今まで見てきたような犯罪者とも違う。


 「まず、アンタが昨夜見たバケモンだが――。幻覚やトリックなんかじゃない。紛れもなく、実在する存在だ」

 

 男は源を見据えながら言った。普通なら信じられないであろうその言葉も今は信じるしかなかった。自分自身の目で見て、今もその光景が脳裏に焼き付いている。


 「ああ、その前に自己紹介もしていなかったな。俺はウツツと言う。ウツツ深哉シンヤという名前だ。中々衝撃的な出会い方だったが、よろしくな」

 現はテーブル越しに手を差し出してきた。源も握手しながら返事を返した。


 「ミナモト明香里アカリです。浦松中央警察署の刑事をしています」

 「刑事一課の所属だろう? 御伽さんから聞いてる」

 

 源は握手して、現の掌に固いタコが出来ているのが分かった。詳しくは知らないが、銃器を定期的に使用している人間にできる銃タコと言われるものだろうと感じた。


 「ついでに皆も紹介しておく。こいつらは印付インフ磐船イワフネだ」

 現がカウンターに座っている男性二人を手で指し示しながら言った。二人とも座ったままスツールを回転させ、くるりと源の方を向くと簡単な挨拶をした。


 「初めまして。印付と申します。今回は大変な目に遭いましたね」

 印付は三十歳前後ぐらいに見える男性だった。ジーンズにパーカーというラフな格好をしている。スツールに座っているため分かり辛いが、身長も平均身長ぐらいだろう。ただ、引き締まった体躯をしていて、短い黒髪も合わせてボクサーや総合格闘家を思わせる雰囲気をしていた。


 「どうも、嬢ちゃん。刑事にしてはなんか華奢でちっこく見えるな」

 印付の横に座っている、磐船という男性の言葉に、少しだけ源はムッとしたが、磐船の姿を見てなるほどとも思えた。


 磐船は五十歳は超えているように見えた。短く刈りあげられた髪は少々前髪が後退しているように見えるし、綺麗に整えられた顎髭にも頭髪にも少し白いものが混じっている。ただし、その体躯は非常に立派なものだった。チノパンにシャツというシンプルな服装だが、服の上からでも筋骨隆々なことが見て取れた。まるで柔道家かプロレスラーのようだ。


 「……初めまして」

 源も椅子に座ったまま、二人に軽い会釈をした。


 「それで、俺たちなんだが」

 現が改めて口を開いた。


 「祓い屋、霊能力者、祈祷師、拝み屋、除霊師――。まあ呼び方は色々あるが、そういう類の仕事をしている。簡単に言えば、昨日見てもらった通り、バケモノ共を殺す仕事だ」

 

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