第16話 人心地

 「バケモノを殺す……仕事ですか……?」

 余りに浮世離れした言葉に、源は反復するように呟いた。


 「この国では、毎年八万人以上が行方不明になったとして届け出を出されている」

 今まで黙っていた、御伽警部が口を開いた。その事は、一介の刑事である源も知っていた。


 「勿論、大多数はその後発見されている。だが、行方不明になった後、痕跡すら見つからない方々も中にはいる」

 御伽警備は源と現の双方を見ながら言った。


 「不審死や自殺だと人数を含めるともっと多い――。分かるか? その、怪物たちが関わっている事件は、身近に起きている事なんだよ」


 御伽は続けた。

 「そして、そのことが世間一般に知られないように秘密裏に処理する者が必要だ。餅は餅屋に。蛇の道は蛇。彼らがそれだ」


 「そのような事件が起きているのに、なぜ怪物の存在も世の中に知られていないのですか?」

 「怪物たちが関わった事件の処理と言ったが、それだけじゃない。彼らの本来の仕事は、誰にも知られることなく、怪物たちを退治することだ。世間に出ないよう、闇に葬るように。怪物の存在がただの噂話で済んでいるのは、彼らの活躍あってのことだ」

 源が質問をし、御伽が続けざまに答えた。その質問にも答えてほしかったが、御伽がここにいる理由も、早く教えてほしかった。


 現が御伽に続けるように言った。

 「誰にも知られないように。という中には警察も含まれている。俺たちの事を知っているのは警察関係者の中でもごく一部だ。まあ、教えたところで信じてはもらえないかもしれないが……」


 「怪物たちの犠牲者が出ないよう、未然に防ぐ。これが最善だ。もし、被害が出て警察や一般人の知るところとなったら、偽の情報を流したり、何らかの方法で情報の漏洩を防いだりする必要がある。源君が改めて病院に行ったとき、見張りの者がいなかっただろう? 源君たちが、再び現場に向かってしまったのは、私の落ち度だが」

 御伽の言葉に、源は病院でのことを思い出した。確かに、封鎖されているはずの現場には誰もいなかった。


 「あれは、私がそのように手回ししたんだ。言うのが遅くなったが、私は現が言うようなの警察官の内の一人でね。彼らが仕事を滞りなく行えるようにサポートをしている。勿論、簡単な事ではないが」

 御伽が銀縁眼鏡をくいっと上げ直した。


 「昨晩、無線で話した時に伝えられなくて申し訳なかった。警察無線で話すことではないし、源君がある程度落ち着いてから話したかったからね」

 ようやく、源はこの何もかもが理解できない状況の中で、合点がいくところを見つけられたような気がした。


 「お待たせしました」

 御伽が話し終わるとほぼ同時に、バーテンダーの女性が源たちのテーブルへやってきた。源の前に、淡いオレンジ色の飲み物が入ったグラスと、サンドイッチの乗った皿を置く。


 「簡単なサンドイッチですけど、召し上がってください。それと、ハーブティーを使ったノンアルコールカクテルもご一緒にお持ちしました。多少は気分が落ち着くはずです」

 「ありがとうございます」

 源がその女性の顔を見上げながらお礼を言うと、女性はにこりと微笑み、カウンターの裏へと戻っていった。


 改めて近くで見ると、思わずどきりとするほど綺麗な女性だと源は思った。ショートの髪は美しい濡烏の黒髪。通った鼻筋と、微笑を称える薄めの唇はまるで絵画のように整って美しく見えた。年齢はよく分からない。異常に妖艶な雰囲気を持つ若い女性のようにも思えるし、青さを感じさせるほどの若々しい美しさを持った姥桜うばざくらの女性のようにも思えた。


 「食べながらで良い、話を続けよう。料理も酒も、辰宮のは絶品だぞ」

 現が軽い調子で言った。


 言われた通り、源は食事に手を付けた。まずは、ノンアルコールカクテル。グラスに口をつけると、爽やかなハーブと柑橘系の香りが口内を満たした。サンドイッチはレタスハムサンドと卵サンドのシンプルな二種類。先に卵サンドから口にした。柔らかくてほのかに甘いパンと、丁度良い塩加減の卵が抜群のバランスだ。


 サンドイッチもノンアルコールカクテルも、素直にどちらも絶品だと源は感じた。どんな状況でも、腹は減っているものだ。少しだけ、源は落ち着きを取り戻せた気がした。


 

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