第17話 明るい世界から

 「それで、昨晩はなんで現場に戻ったんだ? 御伽さんから人払いは済んでると聞いていたんだが」

 ノンアルコールカクテルとサンドイッチを口に運ぶ源に、現が問いかけた。


 「昨晩は、現場での簡単な検証を終えた後、一度は署に戻ったんです。ですが、被害者の男性のスマホへ着信があったので。一緒に亡くなっていた恋人のスマホから」

 「ほう? 着信が?」

 現が興味深そうな様子で言った。


 「現へ連絡して、あの廃病院へ行ってもらったのは私だ。現場検証が終わったのを確認して、現場には誰もいないようにしてから現に向かってもらったんだが、源君たちが戻るのは予想外だった。しかし、そんなことが……」

 御伽が苦虫を嚙み潰したような顔で言った。御伽にとって、予想外な事が起きるのは、耐えがたいことなのだろう。


 「はい。それで、あの廃病院に着いて中を探索してからは、例の怪物と遭遇して、刑部さんが襲われて、後は現さんが見た通りです」

 

 「しかし災難だったな、嬢ちゃん。昨日はどんなヤツに会ったんだっけか?」

 源が喋った後、カウンター席に座っている磐船が話しかけてきた。いつの間にか磐船の前のカウンターには透明な液体と氷が入ったグラスが置かれていた。恐らく、焼酎のロックだろう。いかにも、磐船の好物そうだ。


 「昨日は餓鬼が何匹か。それに『一本ダタラ』までいやがった」

 源に代わるように、現が答えた。一本ダタラと言うのは、餓鬼とは別に現れたグロテスクな姿の妖怪だと、源も理解した。


 「ほーん、それはちょっと珍しいな。ここらじゃあんまり見たことがない」

 磐船が焼酎ロックを口に運びながら、それとないような様子で答えた。


 「まあ、最近はどうも妖怪たちの動きがちょっとおかしいですから。出没の頻度も高いですし、今まで出なかったような場所にまで出てくることも増えている気がします」

 磐船の隣の席に座る印付も会話に加わるかのように言った。


 「ああ、それと」

 源が重要なことを思い出して付け加えた。

 「その恋人のスマホなんですが、最初に遭遇した怪物の足元に、腕ごと落ちていたんです。その怪物が、持ち運んでいたみたいに」


 それを聞いた現が怪訝な顔で言った。

 「それは変だな。まるで餓鬼共がスマホでも使って、みたいじゃないか。あいつらに、そんな頭は無いはずだ」


 「どうやら、何かイレギュラーな事が起きているようだな」

 御伽が、変わらぬ調子で言った。

 

 「そもそも、近頃あそこの廃病院で化け物が出るという噂が立ってしまっていたのも、こちらの不手際ではあるが、最近の妖怪たちの行動が異常だからだ。普通なら、そのような噂が立つこともなく処理できていたかもしれない。どうも、何かきな臭い」


 「調べてみる必要があるな」

 現も御伽に同調して言った。


 「で、あんたはどうする? こんな事に巻き込まれてしまったが、もし良ければ――」


 「源君。君も手助けをしてくれないか? 正直、この仕事も人手が足りている訳じゃなくてね。もちろん強制はしない」

 御伽が現に続けるように言った。


 「やります。やらせてください」

 言われる前から、源の意志は決まっていた。息をつく暇もないほど、不条理な事件に巻き込まれたことは分かっているが、怪物たちが実在している事、その怪物たちは人を襲う事、そしてその怪物たちが近頃変な動きをしているという事は理解できた。


 放っておけば、また被害者が出るだろう。あのカップルのように、そして刑部のように。


 「分かった。そう言ってくれると心強いよ。では明日からは、現たちと共に捜査を行ってくれ。フォローも全力でする」

 御伽が頷きながら言った。刑事としての通常の業務は、他の刑事たちに任せることになるだろうが、その辺りは御伽が上手く取り計らってくれるのだろう。


 これでもう後戻りはできない。源は本当に、未知の世界へ足を踏み入れたことを実感した。


 明るい世界から、薄闇の世界へ。

  

 

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