第11話 何者

 男はショットガンの銃口を左右に振ると、周囲を確認した。他の怪物がいないか、確認しているのだ。


 もう残っている怪物がいないのを確かめると、その男は源と刑部の方へ歩いてきた。ショットガンは両手に保持しているが、銃口は床に向けている。


 源は体を強張らせた。廊下に倒れてこんでしまっているままの刑部に目をやると、もうだいぶ息も絶え絶えの様子だ。意識も朦朧としているようだ。


 確かに、この謎の人物のおかげで命が助かった。だが何者だ? 何故このタイミングで怪物たちを? しかもその状況に慣れているようだった。銃まで持っているのだ。普通ではないことだけは確実だ。源の脳裏には数多の考えが浮かぶが、そんなことは無視するかのように男は二人の傍らへ来た。


 「傷口を照らしてくれ」

 その男が、刑部を見ながら言った。


 源はやや戸惑ったが、言われるがままに懐中電灯で刑部の傷口を照らした。今は、この素性も判らない人物を信用することがましな状況だと思えた。


 刑部の血に染まった肩が明るく照らされる。


 すると男はしゃがみ込むと、ショットガンを壁に預け、懐から掌より小さい程度の小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っており、表面には何やら文字が書かれている。


 源の目からはその文字が真言のように見えた。今まで、ほぼ寺院でしか見たことがないようなそれだ。一体それが何かを確認する前に男は瓶の蓋を開け、中身の液体を刑部の傷口に振りかけていた。


 驚いた源が声を発する前に、先にその男が見透かしたかのように喋った。


 「大丈夫だ。バケモンにやられた傷だろう?」


 刑部が低く呻いた。意識が朦朧としているのはある意味幸せかもしれない。


 続けて男が言う。

 

 「人間がああいったバケモンに怪我させられた場合、妖気が傷から入り込んじまう。例え傷が深くなくても重症だ。これは消毒液みたいなもんだな」


 男は液体を傷口に満遍なく振りかけると、小瓶を持ったまま立ち上がり廊下を進んだ。


 「それで、そいつをやったバケモンはこいつか」


 男は、廊下の途中に倒れている、頭の上半分が吹き飛んだ怪物の遺体を見下ろしながら言った。


 「よく倒したな。専門家でもないとバケモンを殺すのは中々難しい。こういった『餓鬼がき』みたいな低級の奴らでもな。まあ、本当はここには誰もいないはずだったんだが……」

 男は喋りながら、小瓶に残った液体を怪物の遺体に振りかけた。すると遺体から煙が上がり始めた。辺りに焦げ臭いような、異臭が漂い始め、あっという間に怪物の遺体は灰のようにボロボロに崩れ去った。


 源は、いつの間にかその男が倒した四体の怪物の遺体も消え失せていることに気づいた。刑部が倒した怪物の遺体はそのままだったのであるが。武器に秘密があるのだろうか?


 「さあ、行くぞ。早く病院に連れて行った方が良い」

 男に声を掛けられて、源ははっと我に返った。少し呆然としていたようだ。その男が言う通り、刑部の怪我が治ったわけではない。急ぐ必要がある。


 源とその男は刑部の両脇をそれぞれ支えて抱き起すと、廊下を進み始めた。脱力した刑部の体であるが、その男が支えてくれているお陰で階段も何とか降りることができた。


 一階の廊下も進み、病院の外へ出る。途端に、寒い風が吹きつけてきた。


 駐車場に停めたパトカーまで来ると、刑部を助手席に乗せた。源は運転席側へ回ると乗り込んだ。


 ふと目をやると、やや離れた場所にワンボックスタイプのバンが停められているのが見えた。恐らく、その男が乗ってきたものだろう。助手席には誰かが座っているようだ。


 刑部を至急病院に連れていく必要があるが、一つだけやることがある。


 「あなたは、何者ですか?」

 聞かなければならないことは山ほどあるが、源の口から最初に出てきた質問はシンプルなその一言だった。


 「今は時間がないだろう。また改めて説明させてもらう。何か書くものはあるか?」


 源がメモ帳を取り出すと、男は源に電話番号を伝えた。源がその番号を書き留める。携帯電話の番号だ。


 「落ち着いたら、連絡をくれ。こんな事が起きた以上、あんたには説明しなければならない」

 




 

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