第3話 現場

 「ああ……これはたしかに」

 刑部がうめくように呟いた。

 

 「酷いですね……」

 源も顔をしかめながら答えた。


 二人とも刑事として少なからず遺体は見てきた。特に刑部は刑事一筋でこれまでやってきたベテランだ。それでもこのような遺体は初めて見た。包丁で刺し殺されたり鈍器で殴り殺されたりした遺体とはわけが違う。


 「火車、まずは事の顛末を教えてくれるか?」

 刑部が火車に聞いた。


 「ええ。通報があったのはこの被害者からだそうです」

 「被害者から?」

 刑部が遺体を見つめながら言った。確かに、血だまりの中に沈む男性の遺体の右手にはスマートフォンが握られていた。


 「そうなんです。相当焦りながら110番があったそうなんですけど、なんでもここに恋人と二人で肝試しに来てたそうでしてね」


 それは特段珍しい話ではないと源は思った。

 もう使われていない廃病院。肝試しにとってはもってこいのスポットだ。娯楽の少ないこの浦松市のような地方都市にとっては、暇を持て余した若者の暇つぶしに使われることも当然であろう。


 「前から県内では多少は有名な心霊スポットだったらしいんですけどね。心霊系のブロガーがブログに乗っけたり、探索してる動画を動画サイトにアップしたり」

 火車が続けて言う。

 「でも最近ちょっと変な噂が流行ってるらしいんですよ。ほら、さっきちょっと話した若い鑑識からここに来るまでに聞いたんですが、普通病院っていったら無念の死を遂げた患者の霊とか、杜撰な手術の犠牲になった人の霊とかでしょ?」


 刑部も源も何とも言えない表情で聞いている。


 「最近はですね。鬼がでるって話なんです。人を見たら取って喰おうと襲ってくる、あの鬼ですよ」


 「鬼?」

 刑部が怪訝な表情で呟いた。

 源も恐らく刑部と同じことを考えていると感じた。百歩譲って病院に幽霊が出るというならばまだ分かる。しかし病院に鬼が出るなどと言う話は聞いたことがない。幽霊よりも、鬼の方がより現実離れした話のように思えた。


 「いや、僕も本当には信じちゃいませんよ。その話を聞いた時も、くだらない噂話だと思いましたもん」


 火車もいつもの調子で応える。


 「でもね、110番通報でこの被害者本人が言ってたらしいんですよ。化け物がいる、化け物に襲われてるって」

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る