第27話 閃光

 磐船は妖怪の行動に虚を突かれながらも、咄嗟にネゲヴを盾にするように体の前に構えた。


 突っ込んできた妖怪は二本の前脚でその銃を掴み、伸し掛かるように磐船に襲い掛かった。もし銃を盾にしていなかったら、虎のような脚から生えた鋭い爪が、磐船の体に食い込んでいただろう。


 しかし優れた体躯の磐船と言えど、大きな怪物の突進をまともに受けてはどうしようもない。磐船はそのまま耐え切れず、後ろに倒れこんだ。妖怪がその上に覆い被さるような格好となる。


 磐船は歯を食いしばり、低く唸りながらも妖怪を跳ね除けようとしてもがいたが、今の磐船は狐に取り押さえられた兎の様なものだ。多少行動を阻害することは出来ても、妖怪はびくともしない。妖怪は磐船の喉元にその猿の顔を近づけ、口の端から涎を垂らす。


 すぐさま、現が磐船を助けるべく攻撃に転じた。スカーのダットサイトの赤い照準に妖怪を捉えると、二発素早く発砲した。風切り音を響かせ、5.56ミリ弾が真っすぐ妖怪に向かって飛ぶ。


 妖怪は、下に組み伏せている磐船から目を離さないにも関わらず、現が引き金を引くのに合わせて尻尾の大蛇を鞭のようにしならせ、飛んできた弾を防いだ。妖怪の本能か何かで、弾が飛んでくる場所が分かるのだろうか。尻尾の蛇の鱗は異常に堅甲な様子で、5.56ミリ弾の威力でも表皮に微傷を付けるに終わった。


 だが、妖怪の気を逸らせることに、多少は役立ったようだ。磐船はほんの一瞬の隙を見計らって、銃を何とか片手で保持しつつ、もう片方の手でズボンのポケットから数珠のような物を取り出し、それを握りこむようにして拳を作ると、妖怪の側頭部辺りを殴りつけた。


 磐船に覆い被さっていた妖怪は金切り声を上げると、掴んでいた前脚を離し後方の鉄柱へ跳び、距離を取った。磐船に殴られた側頭部を見ると、火種が燻るようにそこから煙が出ている。筋骨隆々な磐船に殴られたらそれだけでただでは済まなそうだが、先ほどの打撃にも、霊力とやらが使われたのだろう。妖怪の過剰な反応からもそのことが窺い知れる。


 柱脚の中ほどにしがみ付いている妖怪は、再び身構え、こちらに飛び掛かる姿勢を取った。攻撃されたことで気が立っているのか、毛は逆立ち、尻尾の動きが激しくなっている。


 今度は颯が攻撃を仕掛けた。両手をモッズコートの内側へ突っ込み、左右交互に妖怪へナイフを投げ付けた。ナイフが唸りを上げて妖怪へ飛んでいく。


 一本。妖怪は尻尾を打ち振るい、それを叩き落とした。


 二本。今度は強靭な前脚でそれを防いだ。ナイフは脚に深く食い込むが、大きなダメージは与えられていない。


 三本。同じように妖怪に向けて真っすぐ飛翔するが、妖怪がそれを叩き落そうと再び前脚を振り上げた。


 ただし、それはナイフでは無かった。小さく、円柱状の形をしている。


 「目と耳を塞いでください!!」

 三本目を投擲すると同時に、颯が叫んだ。


 前脚を振り上げた状態の妖怪の眼前で、それは爆発した。辺りに、とてつもない騒音と閃光が広がる。颯の言葉に、源も咄嗟に目を閉じ、手で耳を塞ごうとしたが少し遅れた。耳はキーンとした耳鳴りがし、眼前は真っ白になった。残像がちらつく。


 だが、眼前でそれが爆発した妖怪はその比ではないだろう。鋭い悲鳴を上げ、柱脚から落下した。


 M84スタングレネード。颯があたかもナイフと偽るようにして投げたそれは、閃光手榴弾やフラッシュバンと言われる代物だ。爆発と共に破片を飛び散らせる通常の手榴弾と異なり、マグネシウムが主原料の炸薬が中に入っている。それが燃焼すると凄まじい閃光と騒音が辺りを包み、対象を殺傷することなく行動不能にできる。


 源と異なり、現と磐船は颯の言葉に素早く順応していた。眼と耳を即座に塞いでいたお陰ですぐに次の行動に移る。


 現は柱脚から落ち、仰向けでのたうっている妖怪に狙いを付けた。急所では無く、四肢の付け根を狙い発砲した。弾丸が四肢を貫き、妖怪を確実に動けなくした。妖怪がまたもや金切り声を上げる。


 「お前なあ、そういうの急に使うなよ」

 磐船がぼやくように颯に言った。


 「いやあ、すみません。中身とか調節して威力は控え目にしてあったんですけど、それでも煩かったですね。でも、皆さんなら対応してくれると思ってましたよ」

 颯が、謝りながらも飄々とした口調で答えた。


 


 

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