第26話 新手

 錆びの臭いが漂う建物の中を、四人は周囲を警戒しながら進んでいった。屋根から飛び降りてきたあの妖怪は、機械の陰に逃げ込んだ後、息を潜めているようだ。


 四人が慎重に歩を進める足音だけが聞こえる。源は、肌寒い時季にも関わらず、額に一筋の汗が流れるのを感じた。まごうことなく冷や汗だ。


 建物を半分ほど進み、先ほどの妖怪が逃げ込んだ機械まで近づきつつあった時、先頭を進む現の横にあったコンベアの下から、唐突に白い腕が突き出てきた。


 鋭い爪が生えた手で現の右足首を掴み、コンベアの下から這い出てくる。


 その姿には源も見覚えがあった。あの廃病院でも遭遇した怪物。現が餓鬼と呼んでいた妖怪だろう。四人が傍を通りがかるのを待ち伏せしていたかのようだ。


 唐突なことだったにも関わらず、現は冷静だった。掴まれた脚を振り払うと、そのままその脚で餓鬼の頭を蹴り飛ばした。


 鈍い音と共に、血と折れた牙が宙を舞った。


 悲鳴を上げる餓鬼に構わず、現はうつ伏せの餓鬼の背中にスカーの銃口を押し付けた。素早く一度だけ引き金を引く。密着した状態から放たれた5.56ミリ弾は、餓鬼の背中に風穴を開けた。


 源は、現が餓鬼を低級な妖怪だと言っていたことを思い出した。現にとって、この程度の妖怪を殺すことなど造作もないことなのかもしれない。


 餓鬼は現がいとも容易く倒した。だが、四人が餓鬼に気を取られたそのわずかの間を、先ほどの妖怪は見逃さなかったらしい。


 機械の陰に隠れていた妖怪が、奥の壁に向かって跳ねた。凄まじい跳躍力だ。そのまま壁を蹴ると、四人の元に突風の如きスピードで一直線に突っ込んできた。


 皆は身を伏せるようにそれを回避した。源だけ一瞬反応が遅れたので、後ろにいた颯が押し倒す様に避けさせた。


 妖怪は、間一髪のところで突進を避けた四人の背後に着地した。四人は立ち上がり、素早く武器を構えながらそちらへ振り向いた。


 土蜘蛛でも野衾でも餓鬼でも無い、新たな妖怪がそこに居た。


 顔や全体的なフォルムは猿。だが、豊かな茶色の毛で覆われた胴体からは、虎のような縞模様をした逞しい肉食獣の四つの足が生えている。そして巨体だ。俊敏な動きにも関わらず、まるで牛のように大きい。さらに、生えている太い尻尾は蛇だった。比喩でも何でもなく、尻尾の代わりに大蛇が生え、ゆらゆらと獲物を見定めるように揺らめいている。あらゆる動物の合成獣キメラ。そんな姿の妖怪が四人の前に立ちはだかっていた。まるで、獲物にいつ飛び掛かろうかと身構えるライオンのような姿勢を取っている。狂暴な目つきで、四人を睨みつけていた。


 まず攻撃を仕掛けたのは、颯と磐船だった。颯は手にしたナイフを素早く投擲し、磐船もネゲヴを腰だめのまま発砲した。


 だが、ナイフも弾もその妖怪を捉えることは無かった。妖怪が、相変わらず巨体に見合わぬ素早さで身を翻す。またもや近くにあった機械の陰に隠れるように跳躍したが、今度はすぐさま上に飛び跳ね、四人の前に姿を現した。


 ただし、尻尾として生えている大蛇の口に何か咥えていた。皆が、それが建物内に廃棄されていた鋼材の鉄棒の束だと理解したのは、その妖怪が尻尾を振りかざしてからだった。


 四人は各々の方向に逃げた。颯と源とは近くの機械の陰に、磐船は柱の後ろへ、現はコンベアの上を転がるように移動してその横へ回避した。


 次の瞬間には、妖怪は振りかざしたその鉄棒を四人が居た場所へ投げつけていた。鉄棒が降り注ぎ、金属が衝突するけたたましい音が辺りに響いた。機械や地面に突き刺さった鉄棒が、その威力を物語る。もし回避していなかったら、串刺しにされていただろう。


 危険な状況だったにも関わらず、真っ先に反撃をしようとしたのは磐船だった。隠れていた柱から身を現し、ネゲヴで妖怪へ銃弾を撃ち込もうと試みた。


 しかし、一筋縄ではいかなかった。攻撃してくる気配か兆候を読んだのだろうか。


 磐船が引き金を引く前に、その妖怪は磐船へ飛び掛かっていた。

 

 


 

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